又吉直樹フィーバーは瀕死の出版界の象徴、もう出版社に作家を育てる体力はない…ヒット連発するウェブ小説の可能性は?

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又吉直樹・田中象雨『新・四字熟語』(幻冬舎)

 先日、モデルの押切もえの小説『永遠とは違う一日』(新潮社)が山本周五郎賞にノミネートされ、惜しくも僅差の次点で受賞は逃したものの、又吉の再来なるかと山周賞としては異例の注目を集めた。

 昨年は、又吉直樹『火花』(文藝春秋)が累計250万部もの売り上げを記録する大ヒットとなり、出版不況のなか、とくに苦戦を強いられている文学・文芸ジャンルにおいて、本当に久しぶりの良いニュースの生まれた年となったかに見えた。しかし、批評家の飯田一史氏は『ウェブ小説の衝撃 ネット発ヒットコンテンツのしくみ』(筑摩書房)のなかで、この現象こそが、既存の「文芸」が危機的な現象に陥っていることの象徴であると主張している。

〈この「又吉フィーバー」の背後を読み解くことで、現代日本において「紙の小説」がどんな状態にあるかの一端が見えてくる〉
〈ひとつには、紙の小説雑誌に影響力がなくなったこと。
 ひとつには、出版社が新人を発掘・育成する能力と体力が衰えてきたこと〉

 文芸の世界において近年稀に見るヒット作を飛ばしたのは、無名だった頃から編集者が手塩にかけて育ててきた作家ではなく、もうすでに世間に名の知れ渡っている芸人であったという事実。これは、長きに渡るジャンルとしての衰退の果てに、小説雑誌および出版社側に、もう新人を一から育ててヒットを飛ばせる作家にまで成長させる力がなくなり始めているということの証左でもあると飯田氏は指摘する。

 だが、その一方、いま注目を集めている新しいタイプの小説として『ウェブ小説の衝撃』では、こんな作品が紹介される。川原礫『アクセル・ワールド』(KADOKAWAエンターブレイン)シリーズ累計420万部、佐島勤『魔法科高校の劣等生』(KADOKAWAエンターブレイン)シリーズ累計560万部、金沢伸明『王様ゲーム』(双葉社)シリーズ累計650万部。これら新しいタイプの小説は、セールス面においてすさまじい数字を誇っているが、これらの作品は既存の「紙の小説」業界から生まれたものではない。

 これらの小説の共通点、それは、「小説家になろう」「E★エブリスタ」といった、誰でも投稿することのできる小説投稿サイトで発表され、それが書籍化された本であるという点である。現在、こういった小説投稿サイト発の小説が人気を博しているのだ。

 飯田氏は、これらのサイトに投稿される小説は従来の小説雑誌や小説新人賞を経由しては決して世に出ることのない作品だったと指摘。そして、そういった作品が世に出るチャンネルができたことで、いま、文学・文芸の世界は大きく変わろうとしていると語っている。

 これまで、新人としてこれから世に羽ばたいていこうとする小説家が作品を出すのには、小説雑誌に掲載されてそこから単行本化されるパターン、新人賞に選ばれて単行本を出すパターン、大きく分けてこの二つがあった。しかし、現在、このようなキャリアパスがどんどん機能しなくなっている。出版業界はいま、売れるか売れないか分からない小説の単行本を出すということが難しい状況にまで追い込まれているからだ。

 雑誌に載せても単行本にはしない。新人賞はあげても本にはしない。そういったケースが増えている。実績のない新人の本は売れるかどうか未知数、売れない可能性の方が高いだろう。売り上げがじりじりと下がり続けるなか、出版社はどんどんそのようなリスクがとれない態勢になりつつある。結果として起きるのは、すでにヒット作をもっている作家への執筆依頼の集中だ。そのようにある程度参考になる売り上げの数字の見える企画でないと、会社もOKを出すことができなくなっている。

 運良く単行本を出すことができたとしても、作家にとって前途は多難だ。かつてであれば、一作目は芳しい数字が出せなかったとしても、才能にどこか光るものがあれば、出版社側もそれが花開くまでじっくりと育てあげていたが、もはやそのような余裕も気概も業界にはない。一度出した作品がスベれば最後、もうその作家にチャンスはめぐってこないのだ。

「紙の小説」がそのような閉塞的な状況におかれているなか、小説家志望の作家の卵たちは小説投稿サイトに光明を見出しているわけだが、小説投稿サイトが書き手たちを魅了しているのにはもうひとつ理由がある。

 飯田氏は、ウェブ小説のなかにおいて、「紙の小説」では発表前に編集者によって掲載を退けられていたであろうタイプの作品が読者の人気を集めているという現象を紹介している。

 ウェブ小説において読者から人気を得るためのスキルと、既存の「紙の小説」に関わる編集者や批評家から評価されるポイントはかなり異なる。飯田氏はその具体的な一例として、展開の早さをあげる。空き時間にスマートフォンで読まれることが多いという特性ゆえ、ウェブ小説で人気を集める作品はインパクト重視の出来事を連続させ、文体もシンプルで極力圧縮されたものとなっている。

 また、短くてもいいので、頻繁に更新される作品に人気が集まるというのも特徴で、次の連載が読みたくなるような「引き」の展開をいかにうまくつくることができるかというのも、ウェブ小説においては重要な能力となってくる。

 ミステリー小説などでは、いかにうまいオチをつけてストーリーをまとめるかが勝負で、そのオチのカタルシスを強めるために、途中に中だるみするような箇所もストーリー上有効であったりもするが、ウェブ小説ではそのような展開はあまり支持を集めない。それよりも、連載において読者の興味を引き続けるような展開をいかに多くひねり出せるかが、ウェブ小説においての人気を分ける。

 また、既存の紙の小説と最も違うのは、読者の反応がリアルタイムで返ってくる点だ。作家がエゴサーチして感想を拾い、そのニーズに合わせて物語の方向性を修正することも容易だ。読者の声をどう反映させてその先のストーリーをつくっていくかというのも、ウェブ小説を書く者としては大事なスキルとなる。

 文字数に制限がないというのも、ウェブ小説ならではの特色である。新人小説賞や小説雑誌で文字数に制限がないというケースはほぼないが、ウェブ小説ではそのような制約はないため、どこまでも物語を広げていける。この特徴も、「引き」の強い展開で物語を転がしていったり、読者の声を反映させながらストーリーを再構築していくタイプの作家に有利に働く。

 これらの要素をうまくつかんだ作品がウェブ小説で成功しやすい傾向にあるが、その方法論は新人文学賞など、既存の「紙の小説」業界で評価される条件とは異なるものだ。

 なので、飯田氏は、前述したようなウェブ小説から単行本化され数百万部単位で売れている作品も、もしも小説投稿サイトというものがこの世に存在せず、それらの作品が既存の小説賞などに応募されていたとしたら、批評家や編集者によって選考の段階でハネられ、日の目を見ることすらなかったかもしれないと語る。そういう意味で、小説投稿サイトは読者と出版社の間で起きていたニーズの「ズレ」を正してくれる存在とも言える。

 現在は、そうして小説投稿サイトで人気になった作品や作家を、出版社がタダ乗りするようなかたちで青田買いし、それらを書籍化するかたちになっている。サイト内のランキングで上位の作家から順に声をかける編集者も珍しくなく、「作家」を育てるという出版社の大事な役割は、代わりに小説投稿サイトが担い始めているような状況だが、では、紙の本を出す出版社にはもう役割がないのかと言えば、そうではないと飯田氏は語る。

 作品を映画やアニメなどに映像化することは、小説好きの人たち以外にも作品を届け、大ヒットさせるために重要な要素となるが、そのためのノウハウをもっているのは、やはり小説投稿サイトではなく出版社である。多メディア展開をうまくプロデュースすることで、サイトに掲載された作品を書籍化するだけでは届かなかった層にまで、その作品を行き渡らせることができる。

 また、サイトで小説を投稿する書き手のなかには、「いつかは紙で作品を出してみたい」という思いを抱いている人が多く、そのためのモチベーションを与えることができるのも、また既存の出版社だけだという。

 このように、斜陽の小説業界に新たな波を起こした小説投稿サイトだが、問題点もないわけではない。前述したようなインパクト重視で早い展開などが望まれるという傾向があることから、異世界ファンタジーものや、「ゲームに負けたら死ぬ」といったようなエグい暴力描写の多いデスゲームものなどに、人気ランキングの上位は偏りがちという現象がある。

「小説家になろう」であれば、作家登録者数は68万人、投稿作品数は36万以上とも言われており、そのなかには当然、本格的な文芸など流行のジャンルではない作品を書いている投稿者も多いのだが、そういった作品はなかなか日の目を見ないままランキングに載ることもなく埋もれていってしまう。

 こういった問題点を解決するのも、また、出版社が果たすことのできる役割ではないだろうか。目利きの編集者たちが、サイト内で流行のジャンルではない良い作品を出版社で拾いあげ、うまくプロデュースして人気作品に押し上げることができたら、そのような潮目も変えることができるかもしれない。

 ようやく文化として定着しつつある、小説投稿サイト。このカルチャーが、右肩下がりとも言われる文学・文芸を復興させることができるか、これからの展開に期待が寄せられている。
(新田 樹)

最終更新:2016.05.19 06:17

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