もう一度言おう。「イスラム国」を「ISIL」と言い換える必要はない

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 印刷
abe_01_150206.jpg
1月20日の内外記者会見(首相官邸HP「政府インターネットTV」より)


 一昨日、本サイトが配信した「本当にイスラム国をISILと呼ぶ必要があるのか!? 呼称問題を考える」に批判が殺到している。まあ、安倍親衛隊やネトウヨの「安倍さんが嫌いだからISILと呼びたくないだけだろう」などという言いがかりは放っておくとして、「関係ないイスラム教徒が差別されても平気なのか」「正式な国ではないのになぜ国扱いしたがるのか」などの批判にはもう一度きちんと答えておくべきだろう。

 まず、「イスラム国のせいで、関係ないイスラム教徒が差別、攻撃されている」という指摘は感情的には理解できる。だが、やはり問題の本質からはずれていると言わざるをえない。

 そもそも、イスラム国登場前から、ムスリムは攻撃され、迫害されていた。とくに9.11後のアメリカでは、イスラム教徒に対する偏見はたびたび問題になってきた。先日の、シャルリ襲撃事件後のフランスでも、ムスリムたちは自分たちへの偏見が助長されることを恐れていた。欧米だけではない。日本でも、イスラム諸国にまつわる事件が起きるたびに、イスラム教徒が偏見の目にさらされてきた。公安が国内のイスラム教徒の個人情報を流出させた事件は、2010年のことだ。イスラム国が成立する何年もまえに、イスラム教徒というだけで、テロリスト予備軍と見るような捜査方法が日本でもすでにまかりとおっていたのだ。

 イスラム国がイスラム教を代表しているわけではない、のは当たり前だ。しかし、問題の本質はイスラム国と関係ないのにイスラム教徒が攻撃されることではない。イスラム教であるという属性のみを理由に、イスラム教徒が攻撃されることがおかしいのだ。あるイスラム教徒が犯罪を犯したからといって、ほかのイスラム教徒を攻撃する。あるイラン人が犯罪を犯した、ある韓国人、ある日本人が犯罪を犯したとして、すべてのイラン人すべての韓国人、すべての日本人を、攻撃する。それらはただの差別だ。「一部の悪い人のせいで、関係ない人が差別される」とよくいうが、その差別は「一部の悪い人のせい」ではない。一部の行為をその属性だからといってほかの人間に当てはめること自体が差別だ。「一部の悪い人がいるから」「イスラム国という呼称があるから」とあたかも差別に理由があるかのような言説にくみしない。もともと自分たちがもっているイスラムに対する差別意識を、「イスラム国」という呼称のせいだと転化し、隠蔽すべきでない。

 欧米でも日本でも、そうした差別や偏見に苦しみ、仕事や居場所のない、ムスリムがたくさんいる。その居場所のなさや絶望感に巧みに働きかけ、勧誘しているのが「イスラム国」だ。

 イスラム諸国の人たちや、日本在住のイスラム教徒の人たちが、この呼称について不快を表明しているという。では、イスラム教徒がテロを起こしたとき、イスラム国と関係ないイスラム諸国で紛争が起きたとき、彼らがイスラム教を代表しているわけではないから、イスラムであることを報じるべきではないのだろうか。たとえば、わたしたちはスノーデンが信仰する宗教も、コロンバイン事件の犯人の宗教も知らない。カトリックなのかプロテスタントなのか、プロテスタントだとしてその宗派、そもそもキリスト教なのかどうか、ことさら報じられることはない。信仰とまったく関係ない事件の場合に、わざわざイスラム教であると報じることは差別かもしれない。

 しかし中東をめぐるテロや紛争の背景はイスラム教と切り離して語ることはできない。これは、イスラム教の教義そのものがテロや戦争と関係しているという意味ではない。その歴史において、もちろん現在にいたっても、政治と宗教が分離していない以上、イスラム教の存在抜きに語るのは不可能だ。「イスラム国」にしても、イスラム教を代表しているわけではないが、その背景はイスラム抜きでは理解できない。
 
 自らを「国」と称していることも、同じだ。「イスラム国」はなぜ国を名乗っているのか。模擬的にせよ「国」という形態を形づくろうとしているのか。そのことを抜きに「イスラム国」問題を論じることはできない。既存のテロ組織と何がちがうのか、なぜ世界中の若者を引き寄せているのか、それはおそらく彼らが「国」を名乗っていることと無関係ではない。こういうことをいうと、必ずイスラム国に理解を寄せるのかというヒステリックな批判が返ってくるが、これは擁護しているのではない。後藤さん、湯川さん殺害はもちろん、異教徒の虐殺も同性愛者の処刑も、女性の人身売買も言語道断の行為であり、とても許せるものではない。しかし、ひどいことをしているから「国」でないというわけではない。「国」と認められているところだって、とてつもなくひどいことをしているケースはいくらでもある。イスラム国と同じように民衆を虐げているシリアのアサド政権だって、北朝鮮だって「国」だ。
 
 そして、アメリカや日本政府が「国として認めない」と声を荒げるとき、それは武力的な手段での解決とセットだ。ただの「テロ組織」にすぎないと思考停止し、問答無用で空爆するようなやり方で、「イスラム国」問題もそれ以外の中東をめぐる問題も解消されることはない。

 欧米の都合で国境線をひかれ、帰属意識を巧みに利用されながら意味のない戦いを戦わされる。アメリカがそのときどこの国を敵としているかによって、あるときはスポンサードされ武器を渡され、利用価値がなくなると攻撃の対象とされる。彼らには、「自分たちで選んだ国境線じゃない」というフラストレーションが根底にある。それは、いくらアメリカや日本が「国」と認めないといったところで、なくならない。仮に現在の「イスラム国」を武力で壊滅させることができたとして、このフラストレーションは解決しない。また似て非なる新たな何かができるだけだ。

 しかし、このフラストレーションの発露を、「国ごっこ」といってわたしたちは嘲笑うことができるだろうか。

「国ごっこ」をしているのは、日本だってアメリカだって同じだ。まるで「国」がなにか確固とした概念であるかのように語っているが、そんなものは幻想だ。島国という地理的条件もあり、現在多くの日本人は「国」というものを所与のもののように感じているかもしれないが、「国」などという概念はたいして古いものではない。近代になってつくられた、それこそ「想像の共同体」にすぎない。

「日本」という「国」も、決して最初から今の形だったわけでも、何千年の歴史を誇るものでもなく、ただのつくられた物語だ。ほんの200年ほど前に明治政府が国家神道なるフィクションをでっちあげ、「日本」「日本人」という統合理念をつくりあげたにすぎない。江戸時代以前に自分のことを日本人などという概念はなかった。

 絶対的な概念ではないからこそ、「国」と「国」の境界はかんたんにゆらぐ。実際「国」という単位より「イスラム」、あるいは「民族」「部族」により強い帰属意識を感じているという人は、中東やアフリカには少なくない。あるいは、スペインのカタルーニャも、イギリスのスコットランドも「国」という枠組みに強い帰属意識はないだろう。日本だって、沖縄の人がいまの日本政府にはたして帰属意識をもてるだろうか。
 
 お互い行ったこともないところに住み、会ったこともない人に、同じ国の「国民」という意識を植えつけていくのにかつて大きな役割を果たしたのは、新聞や小説、学校の教科書といった出版物だった。いまイスラム国がSNSを駆使して、世界中にちらばるイスラム教徒たちに「イスラム国」というフィクションを訴えかけているのと同じように。

 そう考えると、イスラム国がほころびだらけの「国」などという文脈に乗っかっているのは滑稽かもしれない。しかし「国」が虚構であるからといって、無視できるものではない。

 実際、一方ではイスラム国を国としてとらえ、対処することを提唱している識者もいる。たとえば、北欧諸国政府の対テロリズムのコンサルタントを務める女性ジャーナリスト、ロレッタ・ナポリオーニ氏は『イスラム国  テロリストが国家をつくる時』(文藝春秋)でこう指摘している。

「彼らが好きなように中東の地図を書き換えてしまう前に国際社会に取り込み、国際法を守らせるほうが賢明ではあるまいか」

 この「イスラム国」という物語を、いくら他者が「認めない」とないことにしても、この物語じたいがもう力をもってしまっていて、消えることはない。欧米中心の社会で「イスラム国」という言葉だけを隠蔽したところで、この物語はなくならない。ますます力を強くする可能性もある。宣伝になるとして各国メディアが、イスラム国の動画を使用しないというのも同じだ。

 個人がISILと呼ぶことを否定するつもりはない。しかし少なくともわたしたちは、「イスラム国」という呼称を葬り去るのでなく、あるものとして対峙し、批判し続けたいと考えている。
(エンジョウトオル)


【検証!イスラム国人質事件シリーズはこちらから→(リンク)】

最終更新:2017.12.13 09:20

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。

この記事に関する本・雑誌

イスラム国 テロリストが国家をつくる時

新着 芸能・エンタメ スキャンダル ビジネス 社会 カルチャー くらし

もう一度言おう。「イスラム国」を「ISIL」と言い換える必要はないのページです。LITERA政治マスコミジャーナリズムオピニオン社会問題芸能(エンタメ)スキャンダルカルチャーなど社会で話題のニュースを本や雑誌から掘り起こすサイトです。イスラム国人質事件エンジョウトオルテロ宗教の記事ならリテラへ。

人気記事ランキング

総合
ツイート数
1 つるの剛士が「桜を見る会」問題で台風被災者をダシに安倍政権擁護
2 昭恵枠、明細書の嘘、晩餐会…安倍「桜を見る会」疑惑が止まらない
3 安倍首相の総理在任最長でNHKが岩田明子解説でヨイショ特集
4 「桜を見る会」参院選に招待枠、選挙利用の証拠が次々と
5 葵つかさが「松潤とは終わった」と
6 安倍首相の強気の裏にニューオータニ幹部との関係
7 自民党がネトサポに他党叩きを指南
8 沢尻エリカMDMA逮捕を警視庁がTBS、文春に事前リーク!
9 韓国ベストセラー『反日種族主義』は日本のネトウヨ本そっくり
10 安倍政権御用ジャーナリスト大賞(前編)
11 「桜を見る会」ケータリングは安倍首相、昭恵夫人のお友達の会社
12 美智子皇后が誕生日談話で安倍にカウンター
13 「桜を見る会」招待の基準は安倍応援団とワイドショー!
14 「桜を見る会」で田崎史郎と産経が失笑のスリカエ詐術で安倍擁護
15 安倍政権御用ジャーナリスト大賞(後編)
16 グッディ高橋克実が北朝鮮危機で本音
17 維新応援団・野村弁護士が懲戒、橋下徹にも請求が
18 即位礼に天皇の「安倍首相への抵抗」を示す招待客が
19 池上彰が朝日叩きとネトウヨを大批判
20 安倍首相が「桜を見る会」に『虎ノ門ニュース』一行を堂々招待
1 久米宏が「テレビが反韓国キャンペーンをやってる」と真っ向批判
2 安倍政権・厚労政務官が外国人在留申請で口利き「100人で200万円」
3 玉川徹がGSOMIA破棄で加熱するテレビの嫌韓煽動を批判
4 明石家さんまが吉本上層部と安倍首相の癒着に痛烈皮肉!
5 『ゴゴスマ』で今度は東国原英夫がヘイト丸出し、金慶珠を攻撃!
6 『報ステ』の“安倍忖度”チーフPがアナやスタッフへの“セクハラ”で更迭
7 『ゴゴスマ』で「日本男子も韓国女性が来たら暴行しなけりゃいかん」
8 文在寅側近の不正に大はしゃぎの一方、安倍政権が厚労政務官の口利きに無視
9 埼玉知事選で警察が柴山文科相への抗議を排除!柴山も表現の自由否定
10 安倍首相がトランプからトウモロコシ爆買い
11 菅官房長官「トウモロコシ大量購入は害虫被害対策」は嘘
12 GSOMIA破棄は安倍のせい 慰安婦合意から始まった韓国ヘイト政策
13 安倍が後に先送り財政検証の酷い中身
14 GSOMIA破棄で日本マスコミの「困るのは韓国だけ」の嘘
15 松本人志や吉本上層部批判の友近、近藤春菜にバッシング、報復か
16 『週刊ポスト』の下劣ヘイト記事は「小学館幹部の方針」の内部情報
17 GSOMIA破棄!八代・有本ら安倍応援団は「嫌なら来るな」
18 『モーニングショー』で「暑さに耐えるのが教育」元高校野球監督は右派論客
19 古市憲寿の芥川賞候補作「参考文献問題」に選考委員が猛批判
20 『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』のデマとトリックを暴く

マガジン9

人気連載

アベを倒したい!

アベを倒したい!

室井佑月

ブラ弁は見た!

ブラ弁は見た!

ブラック企業被害対策弁護団

ニッポン抑圧と腐敗の現場

ニッポン抑圧と腐敗の現場

横田 一

メディア定点観測

メディア定点観測

編集部

ネット右翼の15年

ネット右翼の15年

野間易通

左巻き書店の「いまこそ左翼入門」

左巻き書店の「いまこそ左翼入門」

赤井 歪

政治からテレビを守れ!

政治からテレビを守れ!

水島宏明

「売れてる本」の取扱説明書

「売れてる本」の取扱説明書

武田砂鉄