のんが水木しげるの反戦漫画に寄稿した解説文が素晴らしい! 「戦争って怖いではなく、戦争は本当にダメだ」

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『水木しげる漫画大全集』67巻(講談社)

 京極夏彦が責任監修を務め、6年にわたって刊行を続けてきた『水木しげる漫画大全集』(講談社)。この全集の最終配本となる67巻が5月1日に発売された。この67巻には『白い旗』、『敗走記』そして、水木しげるの代表作のひとつと評される『総員玉砕せよ!! 〜聖ジョージ岬・哀歌〜』の戦記もの3作がおさめられている。

 水木しげるが戦争への怒りを爆発させた名作『総員玉砕せよ!!』がおさめられる全集67巻に解説を寄せているのが意外な人物だった。なんと、女優・ミュージシャン・芸術家と多方面で活動する、のんが解説文を寄稿しているのだ。京極夏彦から「水木先生の作品を読んだことがない、若い世代の感想を聞きたいのです」と依頼されたという、のんによる解説文だが、その内容とはいったいいかなるものだったのか。

「戦争は、本当にダメだ」と題された解説文によると、のんはそもそも戦争をテーマにした映画や小説、漫画を見たり読んだるすることがほとんどなかったという。その理由を彼女は、〈戦争について観たり読んだりするのが、本当に「怖い」のです。恐ろしい場面が頭の中をぐるぐると回って、思考が停止する感じがして、いつも眠れなくなってしまうのです〉と綴っている。

 しかし、そんな彼女も、水木しげるの描く戦争をテーマにした漫画には入り込むことができた。それは、これらの作品がただただ人と人が凄惨に殺し合う姿を激しく描くのに終始するといったものではなかったからだ。

 たとえば、『総員玉砕せよ!!』の序盤では、空腹や重労働や上官による体罰に対して下っ端の兵隊たちが文句を言ったり、時には、上官の入るお風呂にこっそりオシッコをしておく復讐をしたりと、地獄のような兵隊生活のなかに垣間見える日常風景をユーモラスに描いている。この「戦時下の日常生活」というフォーカスの当て方は、のんが主演声優を務めたアニメ映画『この世界の片隅に』にも通じるものだ。のん自身も両作品に共通点を感じたのだろう、『総員玉砕せよ!!』は『この世界の片隅に』とちがって戦場そのものを舞台にした作品ではあるが、それでも〈淡々と描かれ〉た〈戦場での生活〉にも〈共感しながら読んだ〉のだという。

「玉砕」に衝撃を受けたのん「初めて戦争ってとんでもないと心の底から思った」

 しかし兵士たちの淡々とした日常に共感する一方、のんが〈どうしてもわからなかった〉と告白するのが、「玉砕」という言葉だ。作品を最後まで読んだ彼女は「玉砕」にショックを受ける。

 のんはそれまで、戦争とはいっても〈いざとなったら持ち場から逃げ出すことができるんだろうな〉と思っていたのだという。しかし『総員玉砕せよ!!』の後半部で描かれるのは、「逃げたら殺す」と脅迫され、そして、逃げたら、本当に殺される世界だ。

 そんな場面を目の当たりにしたのんは、解説文のタイトルになっている「戦争は、本当にダメだ」との思いを強く抱いた。その衝撃をこう綴っている。

〈『総員玉砕せよ!!』を読んで、当時の兵隊さんが「生き残ったら恥だ」「犬死にしないように、突撃して早く玉砕しなければ」と思っていたことがわかりました。この事実を知った時、「戦争って怖いな」ではなくて、初めて「戦争は、本当にダメだ」「戦争って、とんでもないことなんだ」と心の底から思いました〉

『総員玉砕せよ!! 〜聖ジョージ岬・哀歌〜』は、1973年に講談社より出版された作品。舞台は、1945年のニューブリテン島。水木が実際に所属していた臨時歩兵隊第二二九大隊(ズンゲン支隊)がモデルとなっている。

 先に述べた通り、物語の序盤は、兵隊生活の理不尽な体罰や、死と隣り合わせの恐怖が、時にユーモアも交えながら描かれる。しかし、ストーリーの中盤以降、ラバウルにいる10万人の将校たちのためにバイエン支隊の兵隊500人が捨て石となって玉砕するよう命令がくだってからはトーンが一変。兵隊たちが無慈悲に殺されていく姿が凄惨に描かれる。

 だが、兵隊たちにとって、この玉砕命令は悲劇の始まりに過ぎなかった。バイエン支隊の玉砕は大本営にも伝えられ、戦意高揚のための美談として喧伝されたのだが、実は多数の生き残りがいることが発覚。これが大問題となる。

 生き残りの兵隊たちは命からがら聖ジョージ岬へ逃げ帰るが、そこで待っていたのは、「敵前逃亡」の罪であり、「卑怯者」の汚名であった。せっかく生き残ったのにも関わらず、責任をとるため、部隊を率いた隊長たちはその場で自決を強制される。そして、その下についていた兵隊たちは、聖ジョージ岬に上陸する米軍に対して玉砕攻撃を仕掛けるよう命じられた。今度は逃げることのないように監視役までついており、その監視役には逃げる兵士を射殺しても構わないという権限が与えられていた。そして、物語は兵士たちが無惨に討ち死にし、誰にも顧みられることなく白骨化していくさまを生々しく描いて終わっていく。

のんが衝撃を受けた「総員玉砕せよ!!」は90パーセントが事実

 あまりにむごい物語だが、さらに恐ろしいのは、これがまったくのフィクションなどではないということだ。水木は〈この「総員玉砕せよ!!」という物語は、九十パーセントは事実です〉(『水木しげる漫画大全集067』あとがき)と告白している。

 実際には、生き残った者たちはミャンマー守備隊に配属され、再びの玉砕攻撃はなかった。そのあたりは史実と異なるのだが、この配置は戦闘が起きた際、生き残りの者たちが率先して突撃して戦死することを期待したものであり、少しでも戦況が違っていれば『総員玉砕せよ!!』の物語通りになっていた可能性が高い。

 水木本人は、マラリアと左腕のケガのため玉砕命令が出る前に部隊から離れていたので戦死を免れているが、彼自身も中隊長から「次は真っ先に死ね」と言われている。『総員玉砕せよ!!』が〈九十パーセントは事実です〉と語られている理由はそういった面にある。

『総員玉砕せよ!!』は基本的に全編、水木しげるの名を聞いて誰もが思い浮かべるであろう可愛らしいあのタッチで描かれているのだが、クライマックスに近付くと、進撃するアメリカ軍や、無惨に打ち捨てられた兵士の死体だけがリアルなタッチの劇画調で挿入されるように構成されている。

 絵のタッチがいきなり変わるこのギャップは、「戦争の恐ろしさ」や「戦争のむごさ」といったものを読者に対して強烈に訴えかける。水木は2006年8月16日付毎日新聞大阪朝刊で「『総員玉砕せよ!』を描いたのは、戦争を体験した漫画家として、残さなければならない仕事だと思ったからだ。心ならずも亡くなった人たちの無念。敗戦は滅亡だった。食に困らず、豊かさを味わえる現代は天国のようだ。戦争をすべきでない」と語っているが、作品を読むと、それだけの強い情念を込めた鬼気迫る作品であることは、十二分に伝わってくる。

 のんは解説文で〈「戦争って怖いな」ではなくて、初めて「戦争は、本当にダメだ」「戦争って、とんでもないことなんだ」と心の底から思いました〉と書いていたが、彼女の心がそれだけ揺さぶられたのは『総員玉砕せよ!!』に込められた水木の猛烈な怒りが伝わったからだろう。

 これを機会に、ひとりでも多くの読者に、水木が放つ戦争への怒りと平和への思いが伝わればと思う。

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