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万策尽きたら夫婦二人で辺野古に座り込む! 翁長知事の妻が基地反対の思いを告白、知事は「殺されても…」とも

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翁長雄志オフィシャルウェブサイトより


「とにかく新基地は造らせない。でも、もし万策尽きたら、その時は2人で座り込もうな」

 沖縄県の翁長雄志知事は知事当選を果たした夜、自宅に戻って晩酌を傾けながら妻にこう語ったという。証言したのは、その翁長知事の妻・樹子夫人(60)。

 夫婦二人で辺野古に座り込むというのは、かなり悲壮な覚悟だが、たしかに、辺野古移転を巡る翁長知事と安倍政権の対立は緊迫の度を増している。昨年12月2日には国が翁長知事に対して埋め立て承認取り消し撤回を求めた代行訴訟弁論が始まり、同月25日には、翁長知事の辺野古埋め立て承認取り消しに対し、石井啓一国交相がその効力を一時停止したのは違法であるとして、県が国を提訴する事態となっている。

 そんな中、妻の樹子さんが「女性自身」(光文社)1月19日号の連載ルポ「シリーズ人間」に登場し、沖縄が抱える基地問題や平和への想いを語っている。その中でも興味深いのは夫・翁長知事の基地に対する考えの変遷が“妻の目から”語られていることだ。

 よく知られているように翁長知事は知事出馬以前、自民党に所属する議員であり“基地容認派”で“辺野古移転賛成”でもあった。それが一転、2014年の知事選では辺野古移転反対やオスプレイ配備撤回を求めたことで、保守派から批判される材料ともなったが、そこには翁長家、いや沖縄全体を襲った事件と翁長氏の苦悩が存在した。

 那覇市で生まれた樹子さんが翁長氏と結婚したのは1982年。夫である翁長氏が那覇市議選に初出馬し当選したのはその3年後だった。その後も沖縄県議、那覇市長と歴任した翁長氏だが、その間一貫して自民党からの出馬であり、基地問題や辺野古移転に関しても容認、賛成の立場だった。もちろん当時の樹子さんも夫の選挙や政治活動を支えている。

「本当にありがたいことなんですが、選挙がないときも、妻の私もいろんな会合に顔を出さないといけない。選挙中ともなれば、朝、家を飛び出したら、帰宅できるのは毎日夜中です。それでもいろんな人が支えてくれていますから」

 そんな樹子さんが「ああ、もう無理」と衝撃を受ける大事件が起こった。それが95年9月に起きた米軍兵士3人による小学6年生少女集団暴行事件だ。

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