トランプ的価値観に抵抗する米映画界! アカデミー賞『シェイプ・オブ・ウォーター』監督は「映画は国境線を消せる」とスピーチ

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『シェイプ・オブ・ウォーター』公式HPより


 今月4日(現地時間)に行われた第90回アカデミー賞授賞式。作品賞を『シェイプ・オブ・ウォーター』が、監督賞を同作のギレルモ・デル・トロ監督が受賞したことは、もうすでに多くのメディアで報じられている通り。

 その受賞のスピーチのなかで、ギレルモ・デル・トロ監督はこのように語った。

「私は移民です。多くの皆さんと同じようにね。25年間この国に暮らしてきました。私たちの業界の1番素晴らしいところは、国境線を消し去ってしまえるところだと思います。世界がその“線”をより深く刻むときこそ、私たちは消し続けていくべきです。この道を私とともにしてくれたすべての人々に感謝します」(ウェブサイト「映画.com」より)

『シェイプ・オブ・ウォーター』の舞台は、1962年の米国メリーランド州ボルチモア。政府の機密機関で清掃員として働くイライザ(サリー・ホーキンス)が主人公。彼女は幼い頃のケガの影響で声帯を損傷し声を出すことができないが、手話でコミュニケーションし、彼女のことを理解してくれる友人がいてくれるおかげで穏やかな生活を送ることができていた。

 そんななか、アマゾンの奥地で捕らえてきたという謎の半魚人が施設に運ばれてきた。冷戦下のアメリカ政府はこの半魚人の生態を調べ軍事利用することを画策していたのだ。

 一方、イライザと半魚人はひょんなきっかけから思いを交わすことができるようになり恋が芽生え始める。そんななか、ついに半魚人の解剖命令が軍上層部からくだることに。そして、半魚人を救うため、イライザは友人らとともに救出作戦を立てる──というのがあらすじ。

 ギレルモ・デル・トロ監督がアカデミー賞受賞スピーチで、先に引用したようなトランプ政権以降強まった「人々の分断」について語ったのには理由がある。

『シェイプ・オブ・ウォーター』という作品自体、強権的なマッチョイズムをもった支配層が、マイノリティに対して公然と差別的な態度をとって排斥する現状へのアンチテーゼとなる物語だからだ。もちろん、その背景には、メキシコで生まれ育ったギレルモ・デル・トロ監督自身の出自も大きく関係しているだろう。

 また、この物語が1962年のアメリカを舞台にしていることにも、重要な意味が込められている。監督は映画の日本公開に先駆けて来日しているが、その際、1962年という舞台設定に関して「トランプ大統領は「もう一度アメリカを偉大な国にしよう」と言いましたが、その出発が1962年なのです。第2次大戦が終わり、アメリカはとても裕福になり、将来に希望を持っていました。ところがその裏では、冷戦があり、今と変わらぬ人種や性差別もありました」(ウェブサイト「エンタメOVO」より)と説明している。

トランプ的価値観に抗うマイノリティたちを描いたデル・トロ監督が「普通とは何か」

 映画は、前半でイライザと半魚人の恋の芽生えを描き、そして、映画の後半では、軍上層部の命令に従い解剖を断行しようとするエリート軍人ストリックランド(マイケル・シャノン)と、半魚人を海に返して逃がそうとするイライザたちの戦いが描かれている。

 ストリックランドはマッチョイズムの権化でマイノリティに属する人々を人間扱いしない「トランプ的価値観」を象徴する人物として描かれる一方、イライザをサポートする人々は、皆がなんらかのかたちのマイノリティとして描かれる。イライザの同居人であるジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)はアルコール依存症で会社をクビになったゲイの老人、イライザの親友ゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)は黒人中年女性の清掃員、半魚人を救うために国を裏切るホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)はソビエト連邦のスパイだ。

 映画パンフレットに掲載された町山智浩氏によるインタビューのなかでギレルモ・デル・トロ監督は、「イライザの周りはみんな「The Others(非主流派)」だ。これは、そんな世間の隅っこに忘れられた人々が、研究施設に囚われたアマゾンの半魚人を救いだす話なんだよ」と語り、そういったキャラクター設計には確固たる意味があると説明している。

 そして、同インタビューのなかで監督は、『シェイプ・オブ・ウォーター』という物語をこのようにまとめていた。

「53歳になったいまでも、僕にはなにが“普通”かわからない。“普通”は恐ろしいと思う。だって完璧に“普通”な人なんていないんだから。モンスターは、完璧であることに迫害された聖人なんだ。人間は誰もがグレーゾーンにいるのに、白か黒かはっきりしろと迫られるのは恐怖だ」

 下馬評では『シェイプ・オブ・ウォーター』と主要部門を争うことになるのではないかと目され、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞、サム・ロックウェルが助演男優賞を受賞した『スリー・ビルボード』もまた、米国ミズーリ州の片田舎の街を舞台に、警察権力の腐敗や、有色人種差別とLGBT差別の問題に踏み込んだ物語だった。

 また、黒人としては初めてアカデミー脚本賞を受賞したジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』は黒人差別問題に触れたもので、ジェームズ・アイヴォリーが脚色賞を受賞した『君の名前で僕を呼んで』は同性愛を扱った物語。それぞれアプローチは違うが、今回のアカデミー賞で主要部門を受賞した作品はどれも、なんらかのかたちで、現在の社会事象に対してのリアクションを試みた作品だ。

 それは受賞作品だけではない。作品賞にノミネートされ、主演女優賞にもメリル・ストリープがノミネートされていたもののオスカーは逃した、スティーブン・スピルバーグ監督作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』もそのひとつだ。

スピルバーグ監督も、メリル・ストリープも、報道の自由の危機を訴え

 この作品は、1971年にベトナム戦争に関する機密文書を報じようとしたワシントン・ポスト紙と、それに圧力をかけて潰そうとするニクソン政権との攻防を描く作品。この映画は、50年近く前の史実を扱った物語でありながら、もちろん、「いま」につながるものでもある。

 スティーブン・スピルバーグ監督は、今月6日付朝日新聞デジタルのインタビューでこのように語っている。

「脚本を読んだのは2017年2月で、すごい迫力で迫ってきました。報道機関が直面している壊滅的な攻撃を思い起こさせ、撮影中だった一つの作品に関する仕事以外はスケジュールを空けて、この映画を撮ることにしました。17年中に完成させるという目標に向かってみながまとまり、自分の作品で最も短期間で完成しました。この映画は私たちにとっての『ツイート』のようなものです」

 トランプ大統領がツイッターなどで自らに批判的な報道機関をたびたび攻撃していることへの危機感に突き動かされ、トランプへのカウンターとしてこの映画を制作したということだろう。
 
 これまで紹介してきたように、アメリカの映画業界は強権的な公権力に疑問をもち、虐げられる弱者に映画を通じて寄り添おうとしている。

 昨年の第74回ゴールデン・グローブ賞にて、功労賞にあたる「セシル・B・デミル賞」を受賞したメリル・ストリープが発した「私たちには、報道する力を持ち、どんな横暴に対しても厳しく批判する信念を持った記者が必要です。だからこそ、建国者たちは報道の自由を憲法で定めたのです」「ジャーナリストが前に進むことが私たちには必要だし、彼らも真実を守るために私たちの手助けを必要としているのです」との伝説的なスピーチを覚えている人も多いだろう。

 では、翻って、日本ではどうだろうか。

 日本アカデミー賞やブルーリボン賞のノミネート作品一覧が米国アカデミー賞のような状況にはなっていないし、授賞式の場で映画監督や俳優がメリル・ストリープのような社会的メッセージを発信したという例もほとんどない(そもそも、単なる芸能プロダクションのパワーゲームでしかない日本アカデミー賞になんらかの権威があるのかどうか疑問だが、それはまた別の議論)。

 楽しいエンタメ作品もあっていいし、芸術性を突き詰めた硬質な文芸作品があってもいい。それはそれでいいのだが、ただ、日本ではあまりにも現在の社会状況に対するリアクションがなさ過ぎはしないだろうか。

 もちろん、大林宣彦監督、山田洋次監督、吉永小百合、塚本晋也のような気骨ある映画監督や俳優も一部にはいる。しかし、もっと多くの日本の映画人の矜持を見たい。そう思わずにはいられなかったアカデミー賞であった。

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