退職したら給料返還を迫られ…契約書や就業規則に書いてあれば何でも有効なのか? 財閥系企業がトンデモ要求!

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 Aさんは100年以上の歴史ある財閥系企業のシステム部門を独立させた子会社に長年勤務していたが、いろいろ考えるところあり、退職することにした。

 そうしたところ、会社の人事から、辞めるなら金を返せと繰り返し言われるようになった。Aさんの会社では、賃貸住宅に居住している人に住宅手当が支給されているのであるが、家を買った社員にも購入後3年間限定で住宅手当が支給されていた。それを返せというのである。

 給料の一部としてもらったものを返さなきゃいけないなんて、無茶苦茶だとAさんは思ったのだが、会社の主張する就業規則を確認すると、確かに受給後一定期間内に退職すると持ち家の社員への住宅手当は返還しなければならないと記載されていた。

 Aさんは、退職したら給料の一部を返さなければならないなんて無茶苦茶だと、拒んでいた。退職の日が過ぎ、何度か返還するようにとの書面も来ていたのだが、無視していた。しかし、退職して1カ月ほどしたのちに、簡易裁判所から訴状が届いてしまった。

 驚いたAさんはネットなどで見つけた複数の弁護士に相談したが、どの弁護士も就業規則に書かれているから支払う必要があるのではないかとの助言であったという。Aさんは自分の考えに自信を無くしかけていたが、最後の望みをということで、私も所属している労働事件の電話相談をしている弁護士の団体(労働弁護団東京支部)に電話して、たまたま電話を取ったのが私だった。

「退職の自由」を違約金で制限するのは、戦前の遊郭の人身売買と同じだ!

 Aさんの話を聞いて、会社側の弁護士に送り付けた文章がこれである。

拝啓 時下益々ご清祥の段、お慶び申し上げます。
当職は、貴職が原告代理人をしている東京簡易裁判所平成2●年(ハ)第●号●●補助金返還請求事件(以下「本件」という。)の被告●の代理人となったものです。
 本件は、退職を条件としてペナルティを定めたものであり、退職の自由に対する不当な制限であるとともに、労働基準法16条に違反するものです。
 ●という古い歴史を有する著名な大企業のグループ企業に属する貴社がこのような刑罰法規に違反する行為を公然と行っていることは憤りに耐えません。
 速やかに、請求を放棄するよう強く勧告いたします。2週間以内に請求の放棄等がされない場合には、刑事的な手続きはもちろんのこと、広く社会にことの是非を問うつもりですので、ご承知おき下さい。
 なお、当職は昨年12月にも労働基準法16条違反で告訴と記者会見をし、報道されていますので、慎重に検討されるよう申し添えます。

 我ながら、私の高い品性と丁寧で気弱な性格がにじみ出た文書ではあるが、会社は、速攻で訴えを取り下げてきたため、事件は終了となった。

 最近、労働相談をしていてよく目にする相談が、退職を申し出ると、ミスによる損害などで会社が負担していた金額を請求するとか、研修の費用を返せなどと言って、退職を妨害するというものである。

 退職の自由を違約金で制限するというのは、戦前の遊郭で契約という名目で罰金や借金の利息、営業費用の負担など様々な名目で借金漬けにして事実上人身売買が横行していたように、「人身の自由」侵害の温床といっていい行為である。

仕事上のミスによる損害を個人に支払わせる就業規則は違法! 従わなくていい!

 そのため、労働基準法第16条は雇用契約に際して、一定の行為をした場合(遅刻、退職など)にあらかじめペナルティを定める行為(遅刻1回罰金5000円等)を禁止し仮に契約書や就業規則でそのような規定を設けても無効となるとしているだけでなく、労働基準法は16条違反に対して刑罰規定まで設けている。通常の民事上の権利は当事者間で話し合いがつかなければ自ら証拠を揃えて裁判を提起して判決をもらって初めて強制できるが、労働基準法違反については警察署と同じように国家の予算で運営している労基署が自らの判断で調査して逮捕してくれることもあるという手厚い保護を行っている(労基署の人員不足の関係で指導して済ませることが多く、刑事処分まですることは滅多にないが)。従って、雇用契約書や就業規則に、退職に際してペナルティを支払う旨の定めがあったとしても、このような契約はほとんどの場合無効となるし、下手すると刑事罰を受けることだってある違法行為である。

 もっとも、実際に生じた損害、例えば事故を起こして車の修理費用として10万円を支出した場合に、実際に生じた損害を請求することは、労基法16条違反にはならない。これは実際に損害が生じた具体的な内容を裁判所に認めてもらう必要があり、あらかじめ定められた金額を請求するわけではないからである。しかし、事業を行う上でリスクがあるのは当然で、会社にとって事業を行う上で生じる損害の発生は事前に予想し、そのようなリスクを見越して代金を高めに見積もったり保険に加入したりできる。そのため、労働者が故意に横領したとかそういう事案は別として、労働者のミスで生じた損害については労働者個人に請求できる金額は損害全体のごく一部に制限するのがほとんどの裁判例である。また、重過失がない限り請求を認めないとするなど、請求全額を認めないことも多い。

 これまでは、会社は損害賠償をすると脅すだけで、あえて手間暇をかけて訴訟まではせず、無視していれば、そのうち何も言わなくなることがほとんどであった。しかし、大企業のグループ会社がこのような労基法違反の主張を裁判手続上で堂々と行うことに驚愕している。

 また、Aさんの相談に通常の契約関係についてしか考えが及ばない弁護士や違法な請求を堂々と行う使用者側の弁護士(使用者側での労働事件の専門家として著書もあるような人だったのだが……)がいることに暗澹たる気持ちである。

 ブラ弁や前記の労働弁護団所属の弁護士は情報交換もして研鑽を積んでいるので、広告ばかりやっているような事務所よりも、比較的質が保たれているので、おすすめである。

【関連条文】
賠償予定の禁止 労働基準法16条

(増田崇/増田崇法律事務所 http://www.masudalaw.jp


********************

ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp

長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。

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