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山口敬之事件だけじゃない、裁判所ではレイプを“被害者の落ち度”とする判決が横行! 背景にある司法界の女性蔑視
山口敬之氏のレイプを告発した『Black Box』(伊藤詩織著 文藝春秋)
本サイトでも伝えてきたように、元TBS記者の山口敬之氏が「復帰」した。山口氏は10月末発売の「月刊Hanada」(飛鳥新社)と「WiLL」(ワック)に寄稿し、つづけて花田紀凱編集長のネット番組『ちょっと右よりですが…』とネトウヨ向けネット番組『報道特注』に出演した。とくに『報道特注』ではシャンパンまで用意され、共演者から「山口さんの“おめでとう会”」という言葉まで飛び出した。
そして、極右仲間たちにお膳立てされたそうした場で山口氏は、伊藤詩織さんの人格攻撃を織り交ぜた自己弁護を繰り広げている。しかし、本サイトが指摘してきたように、山口氏の主張だけを見ても、〈見るからに酔っ払って〉〈足元が覚束な〉いほど「泥酔」している詩織さんを自身の宿泊先であるホテルに連れ込んで性行為に及んだ、というもの。しかも、山口氏は主張のなかで触れていないが、避妊具もつけずに性交渉したことは本人も詩織さんとのメールのなかで認めている事実だ。
さらに、一度は警察が逮捕状を出したことも事実であり、その背景にはタクシー運転手やベルボーイという第三者による証言のほか、詩織さんを抱えて引きずる山口氏の姿が映った防犯カメラ映像といった物的証拠の存在がある。睡眠、泥酔など心神喪失・抗拒不能の状態に乗じ性交におよぶことは、準強制性交等罪(旧・準強姦罪)にあたる。
しかし、山口氏は検察審査会の不起訴相当という判断をもって「刑事事件としては完全に終結した」と主張。ネット上でも「検察審査会の判断が出たのだから山口氏は無罪」とする擁護意見が溢れている。
だが、検察審査会の議決についても、さまざまな疑問がある。まず、議決の理由は〈不起訴処分の裁定を覆すに足りる事由がない〉という、理由になっていない理由が記されているだけ。さらにどのような証拠をもって審査されたかもわからず、その上、補助弁護人も付いていなかったのだ。このことについて、元検事である郷原信郎弁護士は「補助弁護人が選任されていないということは、“法的に起訴すべきだった”という方向において、専門家の意見は反映されていないことを意味しています」と答えている(「週刊新潮」10月5日号/新潮社)。
一体、検察審査会ではどのような議論がなされたのか。審査会での議論内容は非公開のため知ることができないが、そもそも忘れてはならないのは、この国の司法の場においては、性犯罪に対してジェンダーバイアスによる偏見が蔓延り、男性目線の「レイプ神話」によって被害者女性こそが裁かれる場になっている、ということだ。
下ネタを話しただけでセックスに合意とみなされた判決も
たとえば、レイプ事件に際して必ずもち出されるのが、被害者の「落ち度」についてだ。「夜にひとりで歩いていたのが悪い」「一緒に酒を飲んだことが悪い」「部屋に招き入れたのが悪い」「車に同乗したのが悪い」といったものにはじまって、「露出した服を着ていたせい」「言動が誘惑的だった」といったもの、さらには「夜の商売をしていたなら仕方ない」「もともと性に奔放だった」といったもの。……いずれも性犯罪を犯していい理由にはけっしてならないものばかりだ。
そして、山口氏自身も今回の疑惑について、この「レイプ神話」を振りかざしている。
山口氏はまず手記のなかで、詩織さんが〈いろいろな種類の酒〉を〈ペースが非常に早く〉〈ぐいぐいと一気飲みのように飲〉んだと綴り、デートレイプドラッグの使用を否定しながら〈あのように泥酔したのは人生で初めての経験ということになりますね〉と述べ、詩織さんがホテルの部屋のなかやバスルームを〈ゲロまみれ〉にしたかを執拗に書き、〈本当に迷惑でした〉〈痴態に怒り呆れました〉とまとめている。
その上、山口氏は、貸したTシャツを詩織さんが着用したことを〈私にレイプされたと思っていたのならば絶対にしないはずの行動〉としたり、事件後に詩織さんがビザの対応について問い合わせたメールの文面を取り上げ、〈これが、被害者がレイプ犯に送る文面でしょうか?〉と述べている。
勧めたわけではない大量の強い酒を自発的に飲んでいた。レイプされた被害者が貸したTシャツは着ないし、冷静なメールなど送るはずがない。──こうしたもっともらしく並べ立てられた事柄はすべて被害者を貶める記述だ。自発的に飲んだ酒で酔っ払っていたからといって合意もなく性行為に及べばそれは犯罪であり、Tシャツやメールの問題は詩織さんも著書『Black Box』(文藝春秋)で自ら言及。〈他に着るものがなく、反射的にそれを身につけた〉だけであり、メールも〈これはすべて悪い夢なのだと思いたかった〉という、多くのレイプに遭った被害者がとる行動だ。
しかし、この国の司法では、こうした山口氏のような攻撃が、実際に被害者の落ち度として採用されている現実がある。
事実、『逃げられない性犯罪被害者─無謀な最高裁判決』(杉田聡・編著/青弓社)には、1994年のある性犯罪の判決において、〈被害者が初対面の被告人と飲食店で夜中の三時すぎまで飲んだこと、その際セックスの話をしたこと、野球拳で負けてストッキングを脱いだこと、そして被告人の車に一人で同乗したことなど〉を「大きな落ち度」とし、被害者の供述の信用性を疑って被告人に無罪判決を出している。
言うまでもないが、悪いのは〈自由なる存在である一人の女性を自らの欲望の満足のために道具視し、その性的自由を踏みにじった加害者〉だ。だが、裁判所は判決のなかで「(被害者女性には)自らにも落ち度があったことの自覚が全く窺えない」と被害者を非難。「一緒に飲酒し、ゲームの中でセックスに関する会話までしていた」点から、被告人が強姦したと見なすことを「余りにも唐突で不自然であるといわざるを得ない」としているのだ。これは酒の席で女性が下ネタ話をしたことを“合意”の理由にあげていると言っていいもので、言葉を失うしかない。
「女性が助けを求めていないから不自然」という信じがたい判決
この裁判における判決文で裁判官が繰り返し使用しているのは、「貞操観念」という言葉だ。合意もなく暴力に出た被告人の「貞操」は問わず、被害者にだけそれを強要する。男女によって非対称的な性道徳を押し付けることは性差別以外の何物でもないが、裁判官はそれを当然のこととして判決に反映させているのである。
しかも、〈その種の判決は、残念ながらいまでも出されています〉と著者はいう。
同書はおもに2011年に出されたある性犯罪の判決を疑問視し、問題提起した内容なのだが、それは当時18歳の女性が「ついてこないと殺すぞ」と男に脅迫され、ビルの踊り場で強姦されたという事件だった。
この裁判では、まず地裁が女性の供述の信用性を認めて被告人に懲役4年の有罪、高裁も一審判決を支持して控訴を棄却したのだが、最高裁は自判し、“女性が助けを求めていないのが不自然”“「無理やり犯された」のに膣などに傷もついていない”“女性は供述を変化させている”などとし、一審判決を「経験則に照らして不合理であり、是認することができない」としたうえで逆転無罪が言い渡されたのだという。
この判決からわかるのは、現在の裁判では驚くべきことに〈女性は強かんされそうになったら、暴行または脅迫に対して反抗するものだし反抗できる、という前提が、法のうちに確固として置かれている〉という事実だ。ここでは被害者が恐怖で声をあげることさえできなくなる追い込まれた心理状態がまったく無視され、痴漢被害に遭って大声で叫んでも周囲の誰も助けてもらえなかったという事例も見落とされている。その上、膣に傷がないことが理由のひとつにあげられてしまう点は、脅され、さらなる暴力や死の恐怖を感じた被害者が加害者の言いなりにならざるを得ないという事実も無視しており、供述の変化にしても、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などがまったく考慮されていないのだ。
いかに最高裁の裁判官が性暴力に対する知識をもちあわせていないか、よくわかるというものだが、このようななかで最高裁は被害者の訴えを「経験則に照らして不合理」と断じたのである。
しかし、裁判官の言う「経験則」とは一体何なのか。この11年判決が考え方の論拠とした09年判決(痴漢事件に関する最高裁判決)の補足意見では、那須弘平裁判官がこのように記しているという。
〈我々が社会生活の中で体得する広い意味での経験則ないし一般的なものの見方〉
これはどう考えても「我々」という言葉の主体は、裁判官自身がそうであるように「男性」であり、「経験則」とはつまり男性中心の社会でつくりあげられた“男女差”に依拠した、非科学的かつ主観的なものであるということだ。
司法修習生の学ぶ教科書に“暴行に屈する貞操の如きは保護に値しない”
なぜ、旧態依然とした“男性にとって都合のいい”見方が司法の世界ではまかり通っているのか。その理由のひとつを、同書はこのように述べている。
〈警察官の九〇%以上、検察官、裁判官の八〇%以上が男性であり、警察も検察も裁判所も圧倒的な男社会です。わずかに存在する女性も、圧倒的な男社会のなかで男性の感覚に染まってしまっていたり、違和感を感じながらも大勢に逆らえなかったりします。その結果、加害者と同じ男性の感覚で被害者の落ち度を責め、プライバシーを暴きたて、被害者を傷つけます(二次被害)。強かん裁判が、被告人ではなく、被害者を裁く裁判と言われるゆえんです〉
しかも、いまも法科大学院でも使用され、司法修習生に学ばれている『注釈刑法』(初版は1960年代)などでも男性視点が見られると同書は指摘。現に、この注釈書では“被害女性の意に反するか否かが唯一の標準になれば法的安定を損なう”“女心の微妙さを考慮に入れよ”“些細な暴行・脅迫にたやすく屈する貞操の如きは刑法の強かん規定の条文で保護されるに値しない”などという趣旨の信じがたい記述がなされているという。
性犯罪への理解がまったくないばかりか、「貞操」という言葉が堂々と使われる男性中心的な司法界。だが、繰り返すが、司法の場だけでなく一般社会でも、性犯罪に対して被害者女性を非難する意見が支配していることを忘れてはいけない。それは、たとえば一般市民が審査する検察審査会においても、そうした不当な判断がなされている可能性が高いということだ。そしてそこに女性が参加していたとしても、女性もまた男性社会の規範を内面化し、逆に同性であることから道徳的に厳しく判断することもある。しかも、今回の山口氏の問題では、前述したように補助弁護人も選任されていないのだ。
山口氏の事件は安倍政権の介入が疑われるという非常に特異かつ看過できない問題を孕んでいるが、そのことを差し引いても、ネット上に溢れる「レイプ神話」に基づいた詩織さんへの非難の数々を見れば、いかに女性に対する差別がまかり通っているかがわかる。そうした社会の考え方・見方が、司法の場における不当な判決を支えているのである。
詩織さんは〈性暴力に関する社会的、法的システムを、同時に変えなければいけない〉と述べている。そのために、彼女は攻撃に晒されることを覚悟した上で名前と顔を出し、被害を語った。その一方で、メディアで個人攻撃さえもおこない自己正当化を図る山口氏。その姿を見て、あなたはどう思うだろうか。
(編集部)
最終更新:2017.11.01 12:24
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