あの『日本会議の研究』が出版差し止めに! 過去の判例無視、「表現の自由」を侵す裁判所の不当決定の裏に何が?

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『日本会議の研究』(扶桑社)

 日本を戦前に戻すかのような歴史修正主義と憲法改正の草の根運動を展開、安倍政権にも大きな影響を与えている極右組織・日本会議。その存在を広く世に知らしめるきっかけとなったのは、菅野完氏の著書『日本会議の研究』(扶桑社)だった。同書は昨年春の発売直後から各方面で高い評価を受け、こうしたジャンルでは異例ともいえる約15万部のベストセラーとなった。

 ところが、この高い評価を受けている日本会議批判本が、なんと“出版禁止”になってしまった。同書をめぐっては、宗教法人「生長の家」の元幹部である安東巖氏が同書の記述が名誉毀損に当たるとして出版差し止めの仮処分を申し立てていたのだが、6日、東京地裁が安東氏の申し立てを認めるかたちで、出版差し止めの仮処分命令を出したのだ。

 たしかに同書は、日本会議のルーツとして、70年安保当時、右派学生運動を担った元生長の家の信者たちに着目。資料や証言をもとに、彼らがどう右翼運動に関与し、それを日本会議に発展させていったかを詳細に記述していた。たとえば、現・日本会議事務総長である椛島有三氏や、「安倍首相のブレーン」といわれる伊藤哲夫・日本政策研究センター所長なども、同書によって、元生長の家信者だったことが明かされている。

 こうした人物たちは、過去をほじくりかえされるのが、よほど嫌だったのだろう。同書の発売前には、その椛島日本会議事務総長名義で、版元の扶桑社に出版差し止めを要求する文書が送られるという“圧力事件”が起きていた。

 そして、同書が椛島氏や伊藤氏と並んで、元生長の家人脈を束ねる「リーダー格」とし、最終章でその実像に迫ろうとしたのが、今回の差し止め仮処分の申立人(債権者)である安東氏だった。

 そういう意味では、元生長の家幹部である安東氏が申し立てをしたこと自体は不思議ではない。しかし、問題は、裁判所の判断だ。

 裁判で安東氏側は、『日本会議の研究』の記述の6箇所について真実ではないと主張した。裁判所はそのうち5箇所については訴えを退けたが、1箇所については真実ではない蓋然性があるとして、関述之裁判長は「販売を継続することで男性は回復困難な損害を被る。問題の部分を削除しない限り販売してはならない」としたのだ。

 はっきり言って、ありえない決定だろう。たかが一箇所、真実性が証明できない記述があるだけで、出版物の販売を差し止めるとするのは、憲法で保障された表現・報道の自由および読者の「知る権利」を著しく損ねるもので、あきらかに行き過ぎである。

 過去の事例を見ると、たとえば2007年には、田中真紀子(当時・衆議院議員)の長女が、自身の離婚について報じた「週刊文春」(文藝春秋)の記事がプライバシー権を侵害するとして申し立て、地裁が同誌出版前に差し止めの仮処分決定を出したことがあった。この決定には、日本雑誌協会、出版労連、日本ペンクラブが抗議声明を出すとともに、言論界からリベラル派、保守派を問わず大きな批判の声があがり、文藝春秋が抗告した高裁は「記事はプライバシー侵害だが、事前差し止めを認めなければならないほど重大な損害を与える恐れがあるとは言えない」として決定を取り消している。

 最近では、百田尚樹氏の『殉愛』の記述をめぐって故・やしきたかじんの娘が起こした名誉毀損裁判も記憶に新しい。この裁判では、長女が発行元の幻冬舎に出版差し止めを求めたが、東京地裁は4件でプライバシー侵害と名誉毀損を認めたものの、差し止めに関しては「頒布することで原告が被る不利益は大きいが、事後に回復するのが著しく困難と認められない」として棄却している。つまり、百田氏による記述のデタラメさこそ認定したが、それでも出版差し止めという表現の自由の剥奪には至らぬと配慮したのだ。

 出版物の差し止めが、このように通常よりかなりハードルが高く設定されているのは、もちろん、その濫用が近代民主主義の根幹である表現の自由を侵す可能性があるからだ。損害賠償や訂正・おわびの掲載などと違って、出版物の頒布・販売を禁止するというのは、下手をしたら国家による「検閲行為」につながりかねない。

 そういう意味では、今回の『日本会議の研究』についてただ一箇所の記述のみで差し止めを決定したことのほうがむしろ、異常事態なのだ。

 事実、同書には、これまでの裁判所の基準で出版差し止めにあたるような要素はまったくない。出版差し止めの判例としては1986年の「北方ジャーナル事件」が知られ、「もっぱら公益を図る目的でないことが明白であること」と「被害者が重大にして著しく回復困難な被害を被るおそれがあること」が、その後の差し止め判決でも大きな基準とされてきた。『日本会議の研究』のケースでは、第一に、安倍首相をはじめとする現役政治家の多くが日本会議の議連に参加し、関連集会などに出席していることから、同書の公益性は自明である。また、日本会議の源流を探るうえで、個々人の政治活動家について言及することもまた、公益を図るものとして当然、認められるべきものだ。

 差し止めの対象となった記述も、「え、これで?」というようなものだ。東京地裁が問題にしたのは、同書が1970年代、生長の家青年会の機関紙の部数を拡大する「『理想世界』100万部運動」によって、青年会学生らが消費者金融に手を出してまで購入することを余儀なくされ、「結果、自殺者も出たという。しかし、そんなことは安東には馬耳東風であった」(同書より)と記述した部分。これが、安東氏は冷酷に運動を続けたという意味に解釈でき、それによって社会的評価が低下し、重大かつ著しく回復困難な損害を被ると判断したというのだ。

 こんなレベルの記述で、出版差し止めが濫発されるなら、週刊誌や夕刊紙はすべて出版再し止めになってしまうだろう。もちろん、政治家のスキャンダル報道などまったくできなくなり、あたりさわりのない「取材」を許可され、言い分を垂れ流してくれる“御用ジャーナリスト”以外は筆を折らねばならなくなる。いや、それどころではない。こんな裁判官はおかしい、言論弾圧に加担している、独裁政権を走狗と化している、なんていう表現までできなくなり、公権力に対する一切の批判が封殺されてしまう可能性さえある。その状況で一番の不利益を被るのは誰か。いうまでもなく、情報を受け取れなくなるこの国のすべての生活者だ。

 今回、東京地裁の関述之裁判長らはなぜこんなトンデモな決定を出してしまったのか。

 関裁判長は2014年、グーグルで自分の名前の検索結果が表示されるのがプライバシー侵害だとして検索結果の削除を求めた仮処分申し立てで、検索結果の一部削除を命じたことがあり、「表現の自由」に対する意識が低かったというのはあるかもしれない。

 しかし、もうひとつ気になるのが、差し止めになったのが日本会議をテーマにした本であるという事実だ。いうまでもなく、日本会議は安倍政権を熱烈に支持し、安倍首相の悲願である憲法改正などで二人三脚の関係にある。実際、15年秋には、日本会議が実質的に取り仕切る改憲団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の武道館集会に、閣僚を含む大勢の政治家が出席。安倍首相もビデオメッセージで「憲法改正に向けて渡っていく橋は整備された」と意気込みを語り、会場から大喝采を受けていた。

 そういう意味では、今回の差し止め決定は、安倍政権が批判的なメディアに対して陰に陽に強い圧力をかけているここ数年の状況と重なるものがある。もしかすると、司法もまた、安倍政権のメディアへの強行姿勢を忖度し、これまで自制的だった出版差し止めにまで踏み込んできたのではないか。そういう懸念が頭をもたげてくる。

 いずれにしても、今回の判決が司法の暴挙、言論弾圧であることは明白だ。前述した「文春」の田中真紀子長女記事出版差し止め事件の際には、リベラルなジャーナリストや言論人はもちろん、あの櫻井よしこ氏など、右派からも激しい司法批判が飛び出した。

 本来なら、今回の件でも、言論の自由と読者の知る権利を守るために、徹底的に裁判所の決定を批判する大キャンペーンが展開されるべきだが、はたしていまのマスコミ、言論人にそんな意識や気概が残っているのだろうか。
(編集部)

最終更新:2017.11.15 06:03

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