憲法報道は民放もヒドかった! 日本テレビが吉田茂証言の一部を切り取って歪曲し「GHQ押し付け論」展開

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日本テレビ『news every.』番組サイトより


 いったい、この国のマスコミはどうなっているのか。昨日、本サイトでお伝えしたとおり、憲法記念日の5月3日に前後して、テレビメディアは改憲派と護憲派の集会の模様を特集するなどしていたが、とりわけNHKの報道は“両論併記”を装って安倍首相の悲願である改憲への勢いに加担する内容だった。

 だが、安倍政権を忖度した“翼賛放送”を行ったのは、籾井勝人会長率いるNHKだけではない。民放も同じく“右倣え”。特に憲法記念日の夕方から夜のニュース番組では、安倍首相の言う「みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人がつくったんじゃないですからね」なる“押し付け憲法論”を補填するような内容がやたら垂れ流された。

 そんななか、かろうじて健闘したのがテレビ朝日『報道ステーション』だろう。憲法記念日の『報ステ』は憲法の制定過程において、第9条の発案者は時の首相・幣原喜重郎だったという“幣原説”を詳しく検証。今から約60年前、「自主憲法制定」を掲げた岸信介内閣で設置された憲法調査会において、当時、中部日本新聞の政治部長だった小山武夫氏が、オフレコで幣原から聞いたとする証言テープを放送した。

「第9条が誰によって発案されたかという問題が、当時から政界の問題になっておりました。そこで幣原さんにオフレコでお話を伺ったわけであります。その『第9条の発案者』というふうな限定した質問に対しまして、幣原さんは、『それは私であります。私がマッカーサー元帥に申し上げて、そして、こういうふうな第9条という条文になったのだ』ということをはっきり申しておりました」

 これは『報ステ』が去る2月25日の放送の特集のなかでも紹介したもの。この証言は、改憲派が盛んに叫ぶ「日本国憲法はGHQが密室でつくって、日本人に無理やり押し付けた」というプロパガンダの反証となる、重要な証言のひとつだ。

 本サイトで書いたように、1946年、日本政府のあまりに保守的で明治憲法と大差ない草案が毎日新聞のスクープにより発覚する少し前の1月24日、幣原はGHQ総司令官ダグラス・マッカーサーの部屋を訪れていた。マッカーサーの回顧録によれば、そのとき幣原から「戦争放棄」を新憲法に組み込むよう、こう提言されたという。

〈首相はそこで、新憲法を書上げる際にいわゆる「戦争放棄」条項を含め、その条項では同時に日本は軍事機構は一切もたないことをきめたい、と提案した。そうすれば、旧軍部がいつの日かふたたび権力をにぎるような手段を未然に打消すことになり、また日本にはふたたび戦争を起す意思は絶対にないことを世界に納得させるという、二重の目的が達せられる、というのが幣原氏の説明だった。〉(『マッカーサー大戦回顧録』津島一夫訳/中公文庫)

 同じく幣原も、逝去の直前に残した回顧録で「押し付け論」をこうはっきりと否定している。

〈よくアメリカの人が日本にやって来て、こんどの新憲法というものは、日本人の意思に反して、総司令部の方から迫られてたんじゃありませんかと聞かれるのだが、それは私の関する限りそうじゃない、決して誰からも強いられたんじゃないのである。〉(『外交五十年』読売新聞社のち中央公論新社、初版1951年)

 憲法9条の雛形が生まれたとされるこの幣原とマッカーサーの“秘密の会合”は長く議論の的となってきたが、憲法記念日の『報ステ』はこれを掘り下げ、“会合で何が語られたか”についての重要な証言を取り上げたのだ。

 それは、幣原の友人であり、満州鉄道副総裁などを務めた貴族院議員・大平駒槌による通称「大平メモ」の存在。これは大平が幣原から直接聞いた話をその娘に書きとらせたものだ。それによれば、幣原とマッカーサーは1946年1月24日の会談で、このように語り合ったという。

 幣原「自分は生きている間に、どうしても天皇制を維持させたいと思いますが、協力してくれますか」
 マッカーサー「占領するにあたり、一発の銃声もなく、一滴の血も流さず進駐できたのは、天皇の力によることが大きいと深く感じているので、私は天皇制を維持させることに協力し、努力したいと考えています」

 ふたりが天皇制の維持で意思の一致を確認したあと、幣原はこう続けたという。

 幣原「戦争を、世界中がしなくなるようになるには、戦争を放棄するということ以外にないと考えます」
 マッカーサー「そのとおりです」
 幣原「世界から信用をなくしてしまった日本にとって、戦争を放棄するというようなことをはっきりと世界に声明すること、それだけが日本を信用してもらえる唯一の誇りとなることではないでしょうか」

 戦争放棄こそ、戦後日本が国際社会で信頼を取り戻すただひとつの道──。外相として行った1920年代から30年代の穏健的な対英米外交(いわゆる幣原外交)や、パリ不戦条約の際に全権大使を務めたことで知られる幣原が、心の中で平和を希求していたのみならず、「戦争放棄」を新憲法に入れることを国際情勢の上で最重要課題と考えたのは自然だろう。改憲タカ派はもっぱら9条が「日本を弱体化させた」と攻撃するが、「大平メモ」の記述はこうした暴論へのひとつの回答となりえる。

 いずれにせよ、憲法9条の“発案者”の議論は研究者の間でもいまだ決着を見ておらず、少なくとも安倍政権を利する「押し付け論」のプロパガンダばかりが跋扈するなか“幣原説”を丁寧に解説した『報ステ』は、不偏不党が要求されるマスコミとしての「公正さ」を示した形だ。あっぱれと言わざるをえない。

 一方、メディアの矜持を見せた『報ステ』と対照的だったのが、3日放送の日本テレビ『news every.』だ。

 この日の『every.』はやはり「日本国憲法を、考える」と題してその誕生の経緯を検証するというものだったが、9条発案者の“幣原説”については数秒申し訳程度に触れただけで、「平和主義の根幹はマッカーサーの指示から生まれたと言われています」とほぼ一方的に紹介。幣原、マッカーサーの両者が発案者は幣原だとしていることについても、「ただ、両者の証言は、アメリカが9条を日本に押し付けたとなると問題が大きいと考え、口裏を合わせたという指摘も多くあります」と一蹴する有様だった。

 日頃から安倍首相の単独インタビューなどを“いただいている”日本テレビであるにしても、これはあからさまに「押し付け論」に肩入れしすぎだろう。しかも、こうした政権のバックアップの最たるものが、幣原内閣の外相だった吉田茂の発言の一部を切り取って放送したことだ。

「どっちが(9条を)発案したかというと、マッカーサーだと思いますね」
「ワシントンの空気、およびアメリカ軍の空気はですね、日本は太平洋の平和を破る国だと、そしてこの国を全く無力な国にしようとはかっておったことは、やっぱり事実なんですね。それから考えてみて、日本が戦争の発案者になると、発議者になるということは、是非ともやめてもらうしかないという感じがあったろうと思いますね」

 たしかに、吉田は日本国憲法制定に関してこうした談話を残しており、国会図書館にもテープが所蔵されている。だが、『every.』では実のところ吉田が9条をどのように考えていたか、あるいは吉田が9条をどのように外交上の策として用いたかについて、一言も触れていない。

 そもそも、吉田は「臣茂」と自称したように、徹底した天皇主義者だった。その吉田は外相としてGHQとの交渉の当事者だった頃から、天皇さえ無事であればその他の条項はさほど気にしていなかったという研究さえある。また、新憲法制定に関しても、吉田は幣原と同様、当時の大局的「国際感覚」からなる判断であったと自著で語っている(『回想十年』第2巻/中公文庫、初版1957年/新潮社)。

 そして、決定的なのは、吉田は同著で9条の“発案者”について「私の感じでは、あれはやはりマッカーサー元帥が先に言いだしたことのように思う」としながらも、続けてこう述べていることだ。

〈もちろん、幣原総理と元帥との会談の際、そういう話が出て、二人が大いに意気投合したということは、あったろうと思う。〉

 つまるところ、『every.』は、吉田の発言の一部だけを取り出して、あたかも“9条の発案者はマッカーサーであって幣原でなく、したがって平和憲法はアメリカの押し付けだ”とミスリードしていたのだ。これは、あきらかに中立に見せかけた安倍政権へのアシストだろう。しかも、日本テレビはネグっているが、当の吉田は「押し付け論」についても、こうはっきりと批判しているのだ。

〈然るに、この憲法については、それが占領軍の強権によって日本国民に押しつけられたものだとする批評が近頃強く世の中に行われている。それは改正論議が喧しくなるに連れて特に甚だしいようである。しかし私はその制定当時の責任者としての経験から、押しつけられたという点に、必ずしも全幅的に同意し難いものを覚えるのである。(略)交渉経過中、徹頭徹尾“強圧的”もしくは“強制的”というのではなかった。わが方の専門家、担当官の意見に十分耳を傾け、わが方の言分、主張に聴従した場合も少なくなかった。(略)そういう次第で、時の経過とともに、彼我の応酬は次第に円熟して、協議的、相談的となってきたことは偽りなき事実である。〉(前掲書より)

 さらに言えば、吉田は同著の中で、日本国憲法の草案は、枢密院、衆議院及び貴族院での審議、一流の憲法学者らが「縦横無尽に論議を尽くした」経緯があることから、「我が国の国民の良識と総意が、あの憲法議会に表現された」と綴ってもいる。本サイトでも指摘したとおり、現在の日本国憲法の草案は、戦後初めての男女普通選挙で国民に選出された議員によって採択されたものであり、当時毎日新聞1946年5月27日付に掲載された世論調査でも、象徴天皇制の「支持」が85%、戦争放棄条項の「必要」が70%という結果が出ているのだ。

 こうした“民意”の表れを無視して、議論の分かれる9条の発案者についての“マッカーサー説”のみ大きくスポットを当てる日テレのやり方は、繰り返すが、その根底に安倍政権への忖度があるとしか思えない。

 本サイトは、今年の憲法記念日の前後の特集で、櫻井よしこ氏や百田尚樹氏ら日本会議界隈の確信犯的デマゴーグぶりを明らかにした。だが、真に恐ろしいのは、こうした極右連中より、安倍政権の顔色を伺って、無色にみせかけた“改憲世論操作”を行う大マスコミのほうかもしれない。

 安倍政権とその取り巻きが仕掛ける改憲プロパガンダの嵐のなかで、われわれには、このさりげない、しかし狡猾な嘘を見抜くリテラシーが必要とされている。
(宮島みつや)

最終更新:2016.05.05 09:04

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