『教団X』で話題の芥川賞作家・中村文則の安倍政権批判、改憲阻止の決意に震えた! この危機感を共有せよ!

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『教団X』(集英社)

 昨年の安保法制の成立につづき、ついに安倍首相が憲法改正へ向けた動きを加速化しはじめた。この国は戦前のように、一度走り出したら最後、後戻りのできない道をあきらかに辿ろうとしているが、こうした禍々しい現実を冷静に評した文章がいま、静かな話題を集めている。

〈この格差や息苦しさ、ブレーキのなさの果てに何があるだろうか。僕は憲法改正と戦争と思っている〉
〈僕達は今、世界史の中で、一つの国が格差などの果てに平和の理想を着々と放棄し、いずれ有無を言わせない形で戦争に巻き込まれ暴発する過程を目の当たりにしている。政府への批判は弱いが他国との対立だけは喜々として煽る危険なメディア、格差を生む今の経済、この巨大な流れの中で、僕達は個々として本来の自分を保つことができるだろうか〉

 それは1月8日の朝日新聞に掲載された「不惑を前に僕たちは」という寄稿文。筆者は芥川賞作家の中村文則だ。昨年発売された『教団X』(集英社)は又吉直樹の大絶賛もありヒット。また、安保法制の議論が活発化した時期には「僕は今の日本の流れに対して危機感を持っていて。全体主義的傾向がもっとはっきり出てきた時にはもう遅い」(新潮社「新潮」2015年5月号)と語るなど、現状に危惧を表明していた。

 だが、今回の寄稿文ではより踏み込み、いま〈憲法改正と戦争〉にまで至ってしまった、その流れを、自身の経験や置かれた世代から読み解こうとしている。出だしは、このようなものだ。

〈僕の大学入学は一九九六年。既にバブルは崩壊していた。
 それまで、僕達の世代は社会・文化などが発する「夢を持って生きよう」とのメッセージに囲まれ育ってきたように思う。「普通に」就職するのでなく、ちょっと変わった道に進むのが格好いい。そんな空気がずっとあった〉

 1977年生まれの中村は、俗に言う“ロスジェネ”、バブル崩壊後の「失われた10年」に就職活動期がぶつかった世代だ。同世代の中田英寿が象徴的なように、彼らは“自分探し世代”とも呼ばれたが、社会に出る前に大不況に陥り、〈「普通」の就職はそれほど格好いいと思われてなかったのに、正社員・公務員は「憧れの職業」となった〉のだった。

〈正社員が「特権階級」のようになっていたため、面接官達に横柄な人達が多かったと何度も聞いた。面接の段階で人格までも否定され、精神を病んだ友人もいた。
「なぜ資格もないの? この時代に?」。そう言われても、社会の大変化の渦中にあった僕達の世代は、その準備を前もってやるのは困難だった。「ならその面接官達に『あなた達はどうだったの? たまたま好景気の時に就職できただけだろ?』と告げてやれ」。そんなことを友人達に言っていた僕は、まだ社会を知らなかった〉

 この大学時代に、中村は〈奇妙な傾向を感じた「一言」があった〉と振り返る。それは、中村の友人が〈第二次大戦の日本を美化する発言〉をし、中村が反駁、軍と財閥の癒着などについて語ると、その友人は一言、「お前は人権の臭いがする」と言った。

〈「人権の臭いがする」。言葉として奇妙だが、それより、人権が大事なのは当然と思っていた僕は驚くことになる。問うと彼は「俺は国がやることに反対したりしない。だから国が俺を守るのはわかるけど、国がやることに反対している奴らの人権をなぜ国が守らなければならない?」と言ったのだ〉

 これはまるで自民党の憲法改正草案の本音のような一言だ。実際、自民党が発行している草案のQ&Aでは〈天賦人権説に基づく規定振りを全面的に見直しました〉と書かれているが、安倍首相が改憲の第一歩として捉えている緊急事態条項も、この草案では武力攻撃などが起こった際には人権が制限されることが明記されている。そしてもっとも恐ろしいのは、こうした安倍首相が目論む改憲の中身と一致するかのように、「国がやることに反対している奴らの人権をなぜ国が守らなければならない?」という安倍シンパの声が、いま、ふつうの顔をしてまかり通っていることだ。

 もっとも、基本的人権を破壊しようとするこの流れについて、中村も最初から危機感を抱いていたわけではなかった。

〈当時の僕は、こんな人もいるのだな、と思った程度だった。その言葉の恐ろしさをはっきり自覚したのはもっと後のことになる〉

 中村はその後、東京でフリーターや派遣労働者として生活を送る。「勝ち組」「負け組」に色分けされ、格差はより明確になっていく。そんなとき、バイト仲間からまたしても戦時中の日本を美化する本を手渡された。当然、中村は黙っていなかったが、すると今度は「お前在日?」と言われた。

 格差の広がりの一方にある、歴史修正、ヘイト思想の拡大。そしてもうひとつ、時代を辿るのに象徴的な事件が2004年に起こった。イラクにおける日本人人質事件だ。

 中村は2002年に「銃」で新潮新人賞を受賞、すでに小説家としてデビューしていたが、この人質事件の発生を知ったとき、〈世論は彼らの救出をまず考える〉と思ったという。〈なぜなら、それが従来の日本人の姿だったから〉だ。しかし、安倍氏をはじめとする政府要人は「自己責任」をさけび、社会に渦巻いたのは「国の邪魔をするな」の大合唱。〈国が持つ自国民保護の原則も考えず、およそ先進国では考えられない無残な状態〉だった。

 このとき、中村は前述した戦時中の日本を美化したがった2人の友人のことを思い出した、という。不景気によって自信を失った人びとが「日本人」というアイデンティティにすがり、歴史修正に加担し、〈格差を広げる政策で自身の生活が苦しめられている〉にもかかわらず「強い政府」を求める……これは現在に通じる流れだが、中村はフロイトを引きながら〈今の日本の状態は、あまりにも歴史学的な典型の一つにある〉と論じる。

 こうして〈いつの間にか息苦しい国〉になっていった日本。ブレーキを失ったこの国の現状とはどんなものか。中村はそのひとつにメディアの「両論併記」を挙げる。

〈政府のやることに厳しい目を向けるのがマスコミとして当然なのに、「多様な意見を紹介しろ」という「善的」な理由で「政府への批判」が巧妙に弱められる仕組み。
 否定意見に肯定意見を加えれば、政府への批判は「印象として」プラマイゼロとなり、批判がムーブメントを起こすほどの過熱に結びつかなくなる。実に上手い戦略である。それに甘んじているマスコミの態度は驚愕に値する〉

 メディアもグルになるかたちで政権批判が封じられたいま、だからこそ中村は〈僕は九条は守らなければならないと考える〉と声をあげる。それは冒頭で紹介したように、国を支配する格差や息苦しさ、ブレーキのなさの果てにあるのは〈憲法改正と戦争〉だからだ。

〈九条を失えば、僕達日本人はいよいよ決定的なアイデンティティを失う。あの悲惨を経験した直後、世界も平和を希求したあの空気の中で生まれたあの文言は大変貴重なものだ。全てを忘れ、裏で様々な利権が絡み合う戦争という醜さに、距離を取ることなく突っ込む「普通の国」。現代の悪は善の殻を被る。その奥の正体を見極めなければならない。日本はあの戦争の加害者であるが、原爆・空襲などの民間人大量虐殺の被害者でもある。そんな特殊な経験をした日本人のオリジナリティを失っていいのだろうか。これは遠い未来をも含む人類史全体の問題だ〉

 はっきりいって、これほど的確にいまの時代の危機を表し、これほど切実に憲法を守ることの必要性を訴えかける文章を最近、読んだことがない。これはおそらく、中村が平和や人権をたんに戦後民主主義の教条としてとらえるのでなく、自分が生きてきた時代や体験のなかで咀嚼し、つねにその意味を更新しつづけてきたからだろう。

 しかも、中村がスゴいのは、最近の小賢しい小説家なら絶対に敬遠するようなリアルポリティクスにまで踏み込んだ発言を行っていることだ。中村は参院選をにらんで、こう語っている。

〈現与党が危機感から良くなるためにも、今最も必要なのは確かな中道左派政党だと考える。民主党内の保守派は現与党の改憲保守派を利すること以外何をしたいのかわからないので、党から出て参院選に臨めばいかがだろうか。その方がわかりやすい〉

 時代の変化、空気を把握したうえで、徹底的に民主主義と人権を守る側に立ち、リアルな政治にまみれることも怖がらない――。私たちは、中村のような論客をこそ待っていたのだ。

 中村には、ぜひこれからも、小説と並行して、こうした鋭い社会時評を書いていってほしい。そして、ひとりでも多くの読者が中村の文章を読み、ひとりでも多くの国民がその危機感を共有してくれることを願う。

 最後に、この一文の中にあった読者への呼びかけともとれる、文章を紹介しよう。

〈大きな出来事が起きた時、その表面だけを見て感情的になるのではなく、あらゆる方向からその事柄を見つめ、裏には何があり、誰が得をするかまで見極める必要がある。歴史の流れは全て自然発生的に動くのではなく、意図的に誘導されることが多々ある。いずれにしろ、今年は決定的な一年になるだろう〉
(水井多賀子)

最終更新:2016.01.19 07:04

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