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ダブル選挙「維新完勝」、大阪はなぜ橋下徹に騙されたのか? あの空気を作り出したものの正体、そして共犯者とは?
『誰が「橋下徹」をつくったか―大阪都構想とメディアの迷走』(松本創/140B)
橋下徹・大阪市長率いる国政新党「おおさか維新の会」(地域政党名は「大阪維新の会」)の完勝に終わった大阪府知事・市長のダブル選挙。府知事選では、橋下氏の片腕である現職の松井一郎氏が自民府議の栗原貴子氏をダブルスコアで圧倒。市長選では、橋下氏が自ら後継指名した吉村洋文氏を付きっきりで強力に応援し、5月の「大阪都構想」住民投票で反対派の顔になった自民市議の柳本顕氏に19万票もの大差を付けた。
この結果について、「自民が都構想阻止で一致する共産の支援を受けたせいで本来の自民支持層を固めきれなかった」「反維新勢力の結集を“野合”と批判した維新の作戦勝ち」など、さまざまな分析がなされているが、やはり一にも二にも、橋下人気による勝利であろう。
10月下旬に行われた朝日新聞とABC朝日放送の府民世論調査では、橋下氏の支持率は48%、不支持率は33%だった。大阪市民に限れば、5月の住民投票前には橋下支持43%、同不支持39%だったのが、支持率は50%に回復、不支持率は37%に下がっていた。橋下氏は12月の任期満了で政界引退を表明しているが、将来的に政界に「復帰してほしい」が49%、「復帰してほしくない」が35%。同時期の産経新聞の府民世論調査では、松井・橋下によるこの4年間の府政・市政を63%が「評価する」と答えている。
都構想や「改革」の実績をめぐる虚偽説明やごまかし、対立する相手への過剰な攻撃と罵詈雑言、マスメディアや反対論者に対する言論封殺など、強権を振りかざす橋下氏の独裁的政治手法については本サイトでもさんざん指摘・批判してきたが、大阪での人気は衰えるどころか、完全に復権しているのである。なぜか。その「空気」の正体に迫った本が刊行され、注目を集めている。
『誰が「橋下徹」をつくったか──大阪都構想とメディアの迷走』(140B)。関西を拠点とするフリーランスのライター・松本創氏が、橋下府政・市政の約8年間を主に在阪メディアとの関係に焦点を当てて検証したノンフィクションである。在阪テレビ局・新聞社の記者やデスクやディレクター、橋下氏に「敵」認定され、攻撃された平松邦夫・前大阪市長や藤井聡・京都大学大学院教授らによる証言、また著者自身が取材した記者会見での橋下発言やその報道内容から、権力者にコントロールされ、無自覚なままに「橋下礼賛」の空気を作ってきた在阪メディアの実情を明らかにしている。
橋下氏が政治家になった2008年当時、8割を超す異常な支持率に一も二もなく乗ったのは、まず在阪局の情報バラエティ番組だった。たとえば、毎日放送(MBS)の『ちちんぷいぷい』は、若手アナウンサーを「ちちんぷいぷい政治部キャップ」という設定にして“政治部ごっこ”を始めた。毎日、登庁前の橋下氏を直撃し、「けさの橋下さん」というコーナーで「今日のネクタイは誰が選んだんですか」などという愚にも付かない“取材成果”を垂れ流し続けた、という。本書では、当時を知る同局関係者がこのように語っている。
「絶大な橋下人気もあってコーナー視聴率が目に見えて上がった。それで、自分たちにもできるんだ、政治ネタを扱ってもいいんだと自信になり、単純に盛り上がってしまったというのはあるでしょうね。(中略)独自取材で集めたネタや批判的な視点があるわけじゃないので何か大事なことを引き出せるわけもないんですけど、とにかく現場に行って、なんか一生懸命わちゃわちゃやってる感じだけは画面から伝わる。まあ内輪受けなんですけども、それこそが求められていた面はあると思います」
この話から、松本氏は、橋下氏とテレビ局の身内意識、バラエティを担当する制作局の報道局に対抗する身内意識、番組と視聴者の身内意識を指摘して、こう書く。
〈そういう内輪の論理が重なって「われらが橋下さん」像ができ上がり、客観的な検証・報道ができない空気が醸成されていったのではないか〉
11年の前回ダブル選では、テレビばかりか新聞も含めて、都構想を争点としたい橋下・維新側の思惑に丸乗りし、橋下氏が府政において実際のところどれだけの成果を上げたのかを検証することなく、「都構想、是か非か」の報道に狂奔する。その選挙で市長に鞍替えした橋下氏は、圧勝の自信からか、気に入らない報道や記者の質問に対して激しく攻撃するようになる。都構想の行方を報じたABCの記者に対して、ツイッターで〈あの取材記者は「馬」だったのか?確か人間だったはず。ほんと馬の耳に念仏だよ〉と攻撃したかと思えば、囲み取材で教員への国歌の起立斉唱命令について質したMBSの女性記者に激昂し、得意の論点のすり替えや詭弁を繰り出しつつ、「ふざけた取材すんなよ」「とんちんかん」などと26分間にわたって面罵し続けた。
情けないことに、この女性記者に対して、周りのメディア関係者は一切、擁護や同情を見せなかったという。「市長も大人げなかったけど、あれは記者が悪い」「彼を相手にああいう食い下がり方をしたら勝ち目がない」などと、したり顔で評する者ばかりだったというのだ。権力者を監視するべき記者たちが、完全に橋下氏に取り込まれていたのである。
しかし、橋下氏とメディアの蜜月関係にも何度か亀裂が入る。大きかったのが、13年5月の慰安婦発言。「従軍慰安婦が当時必要だったことは誰でもわかる」という発言を報じた朝日新聞・毎日新聞をはじめとする報道を、橋下氏は「大誤報をやられた」と攻撃し、毎日行っていた囲み取材の中止を宣言する。明白な責任転嫁にもかかわらず、記者クラブ側は抗議もせず、説明も求めず、まったくの無策。橋下氏が自己都合で中止宣言を撤回し、やっぱり継続することになった囲み取材にいそいそ集まると、朝日の記者が「一言一句、全部正確にしゃべれと言ったつもりはございません」「(慰安婦制度が)必要とは何だったのか(どういう意味なのか)質すべきだった」と、口々に取材の至らなさを反省してみせた、という。その光景を松本氏はこう書いている。
〈若気の至りで教師に食ってかかった優等生が我に返り、友人の援護を得て謝罪している……そんなふうにも映る2人の記者の釈明を、橋下は敢えてなのか視線を外し、鷹揚に構える教師のように何度も頷きながら聞いていた〉
この一件を機に、橋下氏はメディアへの攻撃姿勢を強め、会見や街頭演説、ツイッターや維新のネット番組などあらゆる場で、記者の個人名を挙げ、罵詈雑言や嘲笑を浴びせるようになっていった、という。13年9月の堺市長選のタウンミーティングの光景をルポした松本氏は、
〈いじめの構図にも似た「橋下的なるもの」が眼前に可視化されたようで、空恐ろしいものを私は感じた〉
〈単なるウケ狙いをはるかに超えた、まるで「言葉巧みなヘイトスピーチ」は聴衆に「嗜虐の愉楽」を提供し、会場が喝采に包まれてゆく〉
と描写したうえで、こう書く。
〈これは極めてテレビ的な振る舞いなのだろうと思った。「毒舌」や「直言」や「ぶっちゃけ」を持て囃してきたテレビというメディアの、橋下徹は一つの「達成」なのではないか、と〉
このように同書は橋下氏の8年間を時系列で追いながら、在阪メディアとのいびつな関係がどう作られ、変遷していったのかを明らかにする。多弁と詭弁で煙に巻く橋下氏の言論術分析、都構想をめぐるウソやごまかし、さらにはマスメディア企業が揃って「普通の会社」化していった背景なども指摘している。そして、検証も批判もできないテレビをはじめとする在阪メディアが橋下氏の「改革者」イメージを府民・市民に刷り込み、大阪の土壌を「橋下的なるもの」で分厚く覆っていった、つまり橋下氏とメディアは明白な“共犯関係”にあったと結論付けている。
〈メディアが自らの行ってきた報道を掘り起こし、検証し、ジャーナリズムの精神を取り戻さなければ、「橋下的なるもの」は何度でも生まれてくるだろう〉
今回ダブル選挙での維新の完勝と橋下氏の復権は、同書の警告がまさに現実化した結果だと言えるのではないか。そして、この勝利でさらなる政治的影響力を獲得した橋下氏が国政に進出した後、この国の言論がどうなってしまうのか。今、大阪で起きていることはそれを先取りしたといえるだろう。
(田部祥太)
最終更新:2015.11.24 06:47
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