【大阪ダブル選挙直前特別インタビュー】

7年前、橋下徹に恫喝されたあの“女子高生”が声をあげた! 橋下が放った冷酷な言葉、そして今、大阪に起きていること

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橋下徹オフィシャルウェブサイトより


「今日は、維新政治への怒りの気持ちと思いをスピーチしに来ました。正直言って、こんな人前には立ちたくないし、当時、たくさんの人から誹謗中傷を浴びたので、ここに立つのがすごく怖いです。でも、ほんとうに今回のダブル選挙で維新政治を終わらせたくて、今日ここに立っています」

 府知事・市長のダブル選挙を11月22日に控えた大阪・梅田で先日、SEALDs KANSAIが行った街頭演説で、一人の女性のスピーチが大きな注目を集めた。7年あまり前、大阪府内の私立高校2年生だった彼女は、私学助成予算の大幅な削減を打ち出した当時の橋下徹府知事(現・大阪市長)に仲間とともに面会し、計画の撤回を求めた。しかし、その場で橋下は言い放った。「日本は自己責任が原則。それが嫌なら、あなたが政治家になって国を変えるか、日本から出て行くしかない」。府民・市民の反対を押し切って強行され、マスメディアも持て囃した橋下の「改革」が大阪の教育現場をどれほど疲弊させ、破壊したか、彼女は身をもって知っている。だからこそ、勇気を持ってこう訴えるのだ。

「私は絶対に、これまでの維新の会の政治をやめさせます。そして、ここ大阪でも、民主主義を始めるのです」

 彼女の名は織原花子さん(24)。投票日直前の大阪で、その思いをあらためて聞いた。

●必死の訴えを「自己責任」で一蹴、心の傷をえぐるような言葉を…

大阪府堺市で生まれ育った織原さんは中学1年で母親を亡くし、父、兄との父子家庭になった。父親が突然会社を辞めることになり、そのほかさまざまな悪条件が重なって、中学の時は「とにかく目の前の一日を生きていくのに必死だった」という。

とても落ち着いて勉強できる環境じゃなかったんです。当然成績も良くなく、進学先も選べない。「底辺校」と言われる私立高校に入るしかなかった。そこは学力的に「底辺」というだけじゃなく、私と同じように経済的に困窮していたり、いじめで不登校になったり、いろんな理由で生きづらさを抱える子が集まっていた。私たち世代は幼い頃から自己責任論を刷り込まれていますから、みんな自分を責め、劣等感の塊でした。私も、自分が私立にしか行けなかったせいで、父に無理をさせているという負い目を感じていた。だけど、その学校の授業や出会った先生のおかげで、教育制度や社会にも大きな矛盾があることに気づいたんです。子供の貧困問題、公立と私立の学費格差、過当な学力競争……。決して自己責任だけでは片付けられない現実があることを知り、自分も生きていていいんだと自信が持てた。
 橋下さんが知事になったのはそんな頃、私が高校1年の冬(2008年2月)でした。直後に府の財政改革PT案というのが出て、そこに私学助成の大幅削減も入っていた。私は当初、政治なんかに全く興味はなかったけど、これが通れば学費が値上げされるかもしれないと聞き、先生の勧めもあって、08年の春に学校の先輩や他校の生徒たちで発足した「大阪の高校生に笑顔をくださいの会」に半年ほど遅れて参加するようになったんです。

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織原花子さん

府内の私立・公立高校の生徒たちが学校の垣根を越えて集まった同会は、年収288万円から430万円以下の家庭でも7万円もの学費値上げとなる私学助成削減の撤回を求め、さまざまな運動を展開した。そして08年10月、織原さんを含む12人のメンバーが府庁で橋下と面会し、窮状を直接訴えることになった。その時の模様を彼女はこう語る。

 広い部屋に入って行くと、周りを大勢の記者やカメラマンが取り囲んでいて、すごく緊張しました。橋下さんが入ってくると、一斉にフラッシュが光り、「なんでこんなところに来てしまったんやろ。早く帰りたい」と思った。橋下さんは最初にこう言いました。「君たちもいい大人なんだから、今日は子供のたわごとにならないように」って、威圧的な感じで。当時すごい人気のあった知事にいきなりそんなことを言われたらひるみますよね。だけど、メンバーは一人一人順番に、自分のしんどい状況や思いをしっかり訴えました。20分の予定だったのが、1時間半近くになったと思う。
 私の学校の先輩は、「いじめで不登校になって勉強が遅れ、内申点も付かないので私立に行くしかなかった。父親は病気で働けず、学費が大きな負担になっている」と、自分の傷も隠さず、思いきって話しました。でも、その先輩に向かって橋下さんは言ったんです。「いじめられた時になんで転校しなかったんですか?  転校すればよかったじゃないですか」と。その突き放すような冷たい言い方に、先輩は泣いてしまいました。私たちが抱えてきた傷や、どうしても拭えない劣等感を、彼はえぐるような言い方をするんです。徹底的に自己責任論で押してくる。
「橋下知事は『子供が笑う』を公約に当選されましたが、私たちは笑えません」という意見に対しては「『子供が笑う』とはみなさんが笑うためではない」と突っぱね、「高校は訓練の場です。社会に出るまでの通過点でしかないんだから、そんな訴えには意味がない」と、教育の意義を全否定するような言葉もあった。そして、「それが嫌なら、いまの政治家を選挙で落とせばいい」「自分が政治家になってこの国を変えるか、日本を出て行くしかない」です。橋下さんは、自分が(母子家庭という)しんどい環境から公立の進学校に入り、弁護士になったという自信があるせいでしょう、困っている人に対してすごく厳しい。貧困家庭に生まれたのも、勉強してそこから抜け出せないのも自己責任だという考え方です。でも、ほんとうは教育って学力競争だけじゃない。生きづらさを抱えている子に、生きる希望を与えるものでしょう。横で聞いていて、悲しかったし、許せないと思った。

このほかにも、橋下は「努力して公立に行けばいいだけ」「学校に行かなくても学ぶ機会はある」「府の財政はギリギリ。学校だけのことを考えるわけにはいかない」など、勇気を振り絞って訴えた高校生たちの声をことごとく一蹴した。織原さんは、ちょうど一人手前で時間切れとなり、直接訴えることはなかったが、橋下の言葉に深く傷ついたという。それは、この面会を報じるマスメディアの報道に対しても同じだった。

 自分の苦しさを必死で訴える高校生に、橋下さんは「府財政の現状をわかってますか?」「日本のGDPはどれぐらいだと思います?」などと逆質問をぶつけてくるんです。こちら側は答えられず言葉に詰まる。さっき言ったように泣いてしまう人もいる。テレビはそういうところだけを切り取って流すんです。ほんとうは、私たちの側も「自己責任だけで語ってほしくない」「教育は学力だけが目的じゃないはず」と、言うべきことも主張した。それなのに、「わがままな高校生たちが自分勝手な甘えた主張をして、橋下さんに論破された」という印象のニュースに仕立てられる。『ミヤネ屋』のアナウンサーや、フジテレビのニュースの木村太郎さんなんかは「私学助成は憲法違反だ」と言っていたのを覚えています。
 そういう報道を見た人たちから、学校に抗議や嫌がらせが相次いだそうです。「甘えたことを言うな」「どんな教育をしてるんだ」って。私の卒業後には、「あの学校は日の丸を掲げてないらしい」「授業で貧困問題など余計なことを教えているようだ」という話に広がっていったとも聞いています。私が今回、SEALDs KANSAIでスピーチしたことに対しても、動画がネット上に出ると、誹謗中傷の書き込みが拡散されました。写真と名前、職場名とともに「共産党の手先」などと書いたコラ画像などがいくつも出回っているのを確認しています。ネットの反応などを見てると、私のような主張をする人間が許せないんだそうです。多くが維新の支持者のようですが、それだけじゃない。橋下さんのような考え方に世の中の多くの人が染まっているような気がします。

●荒廃する大阪の教育現場、今ここで橋下改革を終わらせておかないと……

高校生たちの必死の訴えは、橋下が声高に唱える自己責任論と、それに無批判に追随するマスメディアや世論によって蹂躙され、私学助成の削減も強行された。しかし、織原さんはくじけなかった。高校3年になると、「大阪の高校生に笑顔をくださいの会」の代表となり、一方で猛勉強して立命館大学へ入学。教職免許の取得を目指しながら、「教師の卵」というサークルを立ち上げ、真にあるべき教育とは何かを考え、実践し続けた。

 うちの家は経済的余裕がなかったので、とにかく早く自立しないといけなかった。大学の学費は奨学金頼み、生活費はすべてアルバイトでまかないました。深夜の居酒屋で時給800~1000円程度で働いて。それに授業があって、サークルがあって。大学時代は忙しすぎて大変でした。正直もう二度と戻りたくないです(笑)。
 サークルを立ち上げたのは、周りで教職を目指す子たちの教育観にすごく違和感を覚えたからです。いかに効率よく資格を取るか、模擬授業のハウツーをいかに身に付けるかといったような話ばっかりしていて、本来の教育のあるべき姿はなんだろうと考えない。私は、教師というのは生徒たち一人一人に寄り添う伴走者であるべきだと思います。橋下さんの言うような競争偏重、一部のエリートだけを育てる教育では子供たちを救えない。むしろ、そこからこぼれ落ちた子たちに孤独を感じさせ、学校現場を荒れさせるだけです。それは、生きづらさを抱え、自己責任論と劣等感にさいなまれた自分だからこそ確信できます。私は、あの高校の先生たちに出会ったことで救われたんです。
 大学1年の終わり頃に東日本大震災があり、卒業までの約3年間に被災地へ何度も行きました。ただでさえ今の教育に疲れている子供たちが、被災し、親を亡くして傷ついているのに授業再開を急ぎ、子供の減った学校を簡単に統廃合してしまうことに違和感がありました。だから、私はできるだけ子供に寄り添いたいと思った。
 教員免許は取得しましたが、今は教職には就いていません。奨学金の返済額が800万円近くに上っているので、夢よりもまず、お金を稼がないといけない。働きながら教員採用試験の勉強をするのはかなり大変なので、現時点では考えていません。でもいつかチャンスがあれば、自分の理想とする教師になりたいという夢はあります。

こうした経験をしてきたからこそ、織原さんは橋下維新にノーを突きつける。「教育改革」という名の破壊によって、大阪の教育現場はすっかり荒廃してしまっている、と。

 橋下さんと維新の議員によって、教育基本条例が府と市で定められました。教員を評価と処罰で徹底的に管理し、締め上げる内容です。また、彼らは教員に対し、国歌の起立・斉唱を強制する条例も作った。誰のための教育かという視点が全くなく、すべてにおいて上から管理して従わせる発想なんです。これを安倍首相も評価している。つまり、大阪の「教育改革」は、国の先を行ってるんです。もちろん、悪い方向へ。
 その結果、大阪の学校現場では荒れる生徒が増え、不登校も増加している。何より深刻なのは、そういう状況だというのに、「大阪でだけは教師になりたくない」と志願者数が減っていること。今ここで維新政治を終わらせておかないと、大阪の教育現場はこれからもますます荒廃し、子供たちが生きづらくなっていくばかりです。そして、それはいずれ全国に広がっていくでしょう。ほんとうにそんなことでいいんですか。大阪の実情を有権者に知ってもらい、真剣に考えてほしいと私は願っています。
(大黒仙介)

最終更新:2015.11.22 07:51

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