「廃案報道」にC.R.A.C.野間易通が緊急寄稿

ヘイトスピーチ規制法ではない! 安倍政権の排外主義が遮る人種差別撤廃基本法の行く手

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首相官邸HPより


 議員立法として参議院に提出された「人種差別撤廃施策推進法」について、マスメディアは相変わらず「ヘイトスピーチ規制法」等と見出しをつけているが、これは間違いだ。

 この法案は、人種差別撤廃条約の第2条1項(d)「各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる」、4条「差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する」および5条「人種差別を禁止し、人種差別なくすべての者が法律の前に平等である権利を保証する義務」を、条約加入から20年を経て初めて立法として実現しようと試みるものである。

 これは、いわゆるヘイトスピーチ規制法ではない。その理由は、ひとつにはヘイトスピーチ等の表現規制のみを扱ったものではないこと、もうひとつは罰則を伴わない理念法であることなどがあげられる。早い話が、この法案は「人種差別は違法である」という国の基本原則・方針を法律で明らかにするためのものであって、何かを規制し罰するためのものではない。したがって、先進国におけるヘイトスピーチ/ヘイトクライム関連法ではもっとも緩いと思われるこの法案を「ヘイトスピーチ規制法」と報じるのはあらぬ誤解を生むだけである。

 人種差別撤廃条約に加入以来、日本は同条約の4条(a) (b) 項を留保してきた。これはヘイトスピーチ(憎悪扇動行為)を処罰すべき犯罪であると宣言し、それらを行う団体を違法化し、同じく処罰対象とするというもので、罰則のない今回の人種差別撤廃施策推進法案はこの部分には相変わらず触れてはいない。政府がこれらを留保してきたのは、「日本には表現の自由を制約してまで禁じるほどの人種差別は存在しない」という立場を公式的には取ってきたからである。

 これは、90年代当初においてはある意味妥当ではあった。事実、人種差別撤廃条約にもとづいて立法せよという要請は、市民社会の側からもそれほど大きな声として上がることはなかった。しかしながら、もはやそうした状況ではないことは、ここ数年都市部で繰り広げられる無数のヘイト・デモや、インターネット上に溢れるヘイトスピーチを見ても明らかだろう。20年前にはなかったものが、今は当たり前のように存在している。

 また、昨年12月に最高裁で民事訴訟の判決が確定した京都朝鮮学校襲撃事件は、在特会らの行為を人種差別でありヘイトスピーチであると認定するものだったが、この認定には民法ではなく人種差別撤廃条約がそのまま援用されている。これはかなり画期的なことではあったが、逆にいえば適切な国内法がないということであり、早急に立法が要請されていることを示してもいるのだ。

 法案の審議は、8月6日に参議院法務委員会で第1回が行われたまましばらくストップしている。この審議は私も傍聴したが、自民・公明といった与党も含め、法案そのものに反対する議員はいなかった。「人種差別は違法である」ということを定めただけの理念法なのだから、常識的にそんなものに反対しようがないのである。

 とくに自民党の猪口邦子はかつて少子化・男女共同参画担当大臣であった経験から積極的で建設的な提言を行ったが、この姿勢は必ずしも自民党全体の立場とは相容れるものではないらしい。その最大のネックはやはり安倍政権だという。「安倍政権でなかったら、こんな法案は一発で通りますよ」と、関係者が口をそろえる。

 8月28日付朝日新聞は「ヘイト禁止法案、採決見送りへ 表現の自由で与野党に溝」というタイトルで、自民党が消極的であると報じたが、法案作成者の一人である民主党の有田芳生によれば、今のところ採決見送りとの方針は打診も含め、ないという。消極的な理由は、例によって「表現の自由」との兼ね合いだ。

 ヘイトスピーチの問題は、ある意味では「表現の自由との闘い」である。この問題では、民主主義にとって最大の価値であり武器である表現の自由という権利が同時に人権と民主的な社会を脅かすというパラドックスに、常に悩まされることになる。これを法律で禁じるかどうかは、それぞれの社会の状況によって異なる。

 たとえばアメリカではヘイトスピーチを禁ずる法律はなく、表現の自由は最大限に保証される。ただし、ヘイトスピーチに対する社会的圧力は日本の比ではなく、ヘイトスピーチは対抗言論によって否定され、社会的地位を失うリスクと天秤にかけられるのだ。

 本来、表現の自由とは自由な対抗言論を保証しあうためのもので、原則としてどんな表現も自由であり、あらかじめそこから除外されるものはない。その中で、ある表現が禁じられる場合というのは、あくまでも公共の福祉に照らして著しく不都合のあるものを、合意によってやむを得ず表現の自由の保証外とする、緊急避難的措置にすぎない。日本では、刑法の名誉棄損罪や信用毀損罪、ポルノ規制などがそれにあたる。

 同じくヘイトスピーチの場合も、それはあらかじめ表現の自由の範疇外にあるものではなく、公共の福祉の観点から社会状況に照らして違法化が要請されるものなのである。したがって、ヘイトスピーチの違法化に対して「表現の自由があるからだめだ」では反論にはならない。自由主義社会ではさまざまな表現が、それぞれの社会の状況にあわせて限定的に「違法化」されるのであり、人種差別撤廃条約に加入している日本もまたそうした社会の一員なのだ。

 先述の朝日記事で興味深かったのは、自民党のベテラン議員の発言として「党内には排外主義的な議員もいて身動きがとれない」とあったことである。表現の自由云々よりも、おそらくこちらが本音ではないだろうか。現在の自民党は、排外主義的言論を違法化すると有権者の支持を減らすと考えているのである。

 また、公明党は包括的な人種差別禁止法ではなく、ヘイトスピーチに特化した法律にしてはどうかという対案を出そうとしている。これは一見ヘイトスピーチ規制のより厳しい法律にすべきという案に見えるがそうではなく、法案から表現規制以外の部分を削除するというものだ。

 法案をめぐっては現在、自民、公明、民主、維新による非公開の4党協議がつづいている。そのなかで、廃案になる見込みであるという憶測報道も散見されるが、マスコミを使った情報操作である。だいたい、かつて廃案となった人権擁護法案よりもさらにゆるゆるの、この程度の差別撤廃法案すら可決できないとなれば、日本の人権状況は国際社会からもさらにマイナス評価を受けることになるだろう。ここはすみやかに可決してほしいところである。 
(野間易通)

最終更新:2015.09.05 04:04

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