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自ら女郎に下った醜女の幼馴染、25円で売られた友達…昭和の遊郭を描いた伝説のマンガ『親なるもの 断崖』がスゴい!
“醜女バナー”からは想像できない美麗な表紙(新装版『親なるもの 断崖』第1部/宙出版)
スマホでネット巡回中、こんなマンガの広告バナーに何度も遭遇した経験はないだろうか?
〈自ら女郎に下った醜女の幼馴染〉〈たった25円で売られた友達〉
まず目を引くのは、独特のデフォルメをされた醜女の少女(?)が慟哭しているコマ。
「おらもきれいなベベ着て男とりてえ!!」
うわっ、となるのも束の間、画像が切り替わる。すると今度は、ボロボロのゴザを身体に巻いた先の醜女が、まるで菩薩のような笑みを浮かべていて、画面全体で何らかの“事後”だという不穏な感じを訴えかけてくる。
〈あの子の廊は 地獄だ〉
一体どんなヤバい話なんだ!? ううむ、気になる!! でも……この手のマンガ広告のほとんどは、エロかったりグロかったり、こう言ってはナンだが、ちょっと下世話なイメージ。内心ものすごく興味はあるけれども、なんとなくリンクを踏むのははばかられる。さらに、何故かこの手の広告に出くわすのはいつも満員電車など衆人環視のシチュエーションだったりして、なおさら手を出しづらい。
というわけで、しばらくスルーしていたのだが、日々のインターネッツライフで醜女とのエンカウント率は高まる一方。そんなとき、たまたま寄った書店であのコマのPOPとともに紙の単行本が平積みされているのを発見。ついに意を決し全編を読んでみた。
結論からいえば──このマンガ、『親なるもの 断崖』(曽根富美子/宙出版)は本当に素晴らしい作品だった! 内容は、北海道の遊郭に売られた少女たちが、戦前~戦後という激動の時代に翻弄されながらも強く生き抜いていく姿を描いた人間ドラマ。物語展開も描写も、バナーから勝手に想像したものの比ではない辛さ・重さだが、しかし読者にページを次々とめくらせるような力がみなぎっているのである。
著者の曽根富美子は、児童虐待や親子問題などをテーマに、鋭い洞察力で人間の姿を描く社会派マンガを数多く発表している作家。最近では自身のパート体験を題材にした『レジより愛をこめて~レジノ星子~』を「モーニング」(講談社)で連載したほか、油絵・水彩画家としても活躍している。
本作『親なるもの 断崖』はそんな著者の代表作である。1988年に「月刊ボニータイブ」(秋田書店)で連載を開始。92年には名だたるマンガ家が選考委員をつとめる日本漫画家協会賞優秀賞を受賞するなど、当時から傑作の誉れ高かったが、長らくのあいだ絶版という状態であり、中古市場では数万円のプレミアのつく、知る人ぞ知るマンガとなっていたという。
しかし2015年、この幻の名作は再び表舞台に立つこととなる。例の一度見たら忘れられない“醜女バナー”が話題を呼び、リンク先の電子書籍配信サイト「まんが王国」では47万ダウンロードを記録と異例の大ヒット。また、読者の感動を伝える声がSNSにあふれ、7月には紙の単行本が復刊された(筆者が入手したのはこの「新装版」だったのだ)。
では、改めてこのマンガの詳しい内容を紹介しよう。
昭和初期、世界恐慌の煽りを受けて庶民は貧困にあえいでいた。男尊女卑の家族観が絶対であった時代において、一家の娘はモノ同然。4人の少女が青森の貧しい農村から室蘭の遊郭へ売られていくところから物語ははじまる。
室蘭といえば、古くは北海道開拓からタコ部屋労働者が集まることで栄えた街。実はその発展を陰で支えてきたのが遊郭の存在だ。労働者のガス抜きのため成立した女郎屋街は、やがて政府の公認を受け、「幕西遊郭」として大きな金の流れを生み出していく。さらに日露戦争以後、製鉄企業の兵器工場が居を構えるようになり、戦争が起こるたび軍需景気を迎える「死の商人」の街へと変貌していくと、遊郭の客層にも軍人や工場関係者が加わっていった。
そんなキナ臭い時勢のなか、一緒に遊郭にやってきたヒロインたちの運命は大きく分かれていく。
たとえば物語の最序盤、ヒロインのひとり「松恵」は、もっとも発育がよいということで、女郎として無理やり客の相手をさせられ、売られた初日に自殺してしまう。
同じく女郎の道をすすんだ「お梅」の人生もハードだ。初めて客を取るのは11歳のとき、まだ初潮すら迎えていなかったという描写が辛い。
他方、いちばんのしっかり者である「武子」は、芸妓としてめきめき頭角を表わし、しまいには政治家や実業家お抱えの「日本国一の芸妓」となって巨万の富を築く。
同じ遊郭の女といえども女郎と芸妓とではまったくの別世界。芸は売っても身は売らないエリートの芸妓に比べて、女郎の役割は過酷である。一日十数人もの男の相手をしなければならず、働いても働いても衣装代やショバ代で借金が膨らんでいく。もし梅毒にかかったら即お払い箱、妊娠が発覚したら乱暴な堕胎処置。そればかりでない。つねに客や世間から差別意識を向けられるのだ。
次の引用はお梅の手記である。文章の拙さがかえって悲哀の念を強調させる……。
〈いつもじょろうたちわ おナカがすいていました まいにち どのじょろうも あそこが いたいいたいと いってます びよきにナってもきゃくをとらされ〉
だが、そんな女郎に憧れる者もいる。それこそ件のバナーの醜女「道子」である。道子はその容姿のため客を取ることを許されず、下働きを命じられた。しかし「このままでは一生女の悦びを知ることもできない」と決意して、「女郎のタコ部屋」「地獄穴」と揶揄される底辺中の底辺の楼に自ら身を……。道子、うわっとか思って、本当にすまんかった。
救いとなるのは、立場こそ真逆であれど、ともに売られた少女たちのあいだに固い絆が結ばれていること。その関係は複雑で、たんなる友情といった言葉では言い表せない。とくに武子からお梅に対する、ある種の“ツンデレ”っぷりには目を見張るものがあるので、この点はぜひとも本編を読んで確認していただきたい。
このように、少女たちが過酷ながらも必死に生き抜く様を描く本作だが、その底流にあるのは、やはり戦争という、彼女たちにはどうしようもできない時代のうねりだ。
たとえばお梅は、女郎として名が売れたころに、突然、反政府主義者の学生と恋に落ちるのだが、特高の手によって仲を引き裂かれ、相手の学生は拷問にあい、片目片足を失ったのち行方不明に。ひとり残された彼女自身も「アカの女郎」として、一生迫害され続けることになってしまう。
また、本作は2部構成になっており、物語後半の主人公はお梅の娘「道生」にバトンタッチする。おりしも世の中は戦時体制まっただ中。道生はその出自と、「戦争なんてきらいだ」と平気で言ってのける正直な言動のため「非国民」と罵られ続けるが、武子をはじめとする多くの人々に見守られながら、次の時代に向かい、生きて行く。
以上が大まかなストーリーである。
ちなみに幕西遊郭は昭和33年に公娼制が廃止されるまで実在した。約半世紀前にそんな世界があったことはまるで知らなかったが、それはちょうど遊郭が廃止された年に生まれ、室蘭で育った著者にとっても同じだったそうだ。大人たちは遊郭について決して教えてくれず、マンガ家デビューを果たしたあと故郷を舞台にした作品を描くため歴史資料を集めていたときに、はじめてその存在を知ったのだという。
作中で何度も描写される工業都市・室蘭の風景。それは時代が変わってもいつも「赤い」。戦時中では昼夜を問わず燃え続ける溶鉱炉の炎が、高度成長期では工場が撒き散らす鉄の粉まじりの煙が、街を赤一色に染めるのである。その赤色を著者はこう表現している。
〈あれは 底辺に生きる庶民の流した 血の色だ〉
実際読んでいて印象的だったのが、白黒の見開きページにありえないはずの赤色が見えたこと。これまでのマンガ体験になく背筋がゾクッとし、これだけの作品に、まったくの怖いもの見たさで手を出した自分がとても恥ずかしくなったのである。
だが、そのときこうも考えた。いまや日本国民全員の胸に刻み込まれた名作『はだしのゲン』だってみんなはじめは、学校の図書室とかで怖いもの見たさに読んだに決まってる!と。今回の復刊を期に『親なるもの 断崖』もまた、そのようなかたちで愛され続け、語り継がれるマンガになってほしい、いや、なっていくはずだ。
(松本 滋)
最終更新:2018.10.18 04:35
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