なぜ、サヨク・リベラルは人気がないのか…社会心理学で原因が判明!?

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『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(高橋洋・訳/紀伊国屋書店)

 一連の朝日新聞問題でよくわかったのは、朝日が右派だけでなく一般大衆からも相当に嫌われていたという事実だろう。誤報がどうこうという以前に「朝日の上から目線のあの感じがいや」「朝日はきれいごとばかりで逆にうさん臭い」という人がいかに多かったことか。

 いや、朝日だけじゃない。民主党も福島瑞穂も『報道ステーション』も日教組も姜尚中も、今、リベラルなものにはだいたい似たような反応がよせられる。人気がないどころか、ググっても悪口しか出てこない。

 一方、やたらウケがいいのが保守勢力とか右派の言論だ。安倍政権は庶民の義務や負担を増やし、集団的自衛権や原発みたいな国民を不幸に巻き込む政策をどんどん進めているのにいまだ高支持率をキープしているし、百田尚樹とか嫌韓本みたいな教養のないバカ丸出しのヘイト本がベストセラーになって、国際感覚もクソもない右派論客と、慰安所づくりを自慢話として語る人物がオーナーをつとめていた誤報だらけの産経新聞がヒーローのように扱われている。

 この状況に、いったいなぜだ! とお嘆きのリベラル諸氏も多いのでないだろうか。

 その理由について、アメリカでベストセラーになった一冊の本が、哲学や心理学、生物学の知見から重要な示唆を与えてくれる。本の名は『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(高橋洋・訳/紀伊国屋書店)。

 著者で社会心理学者であるジョナサン・ハイト教授によれば、一見、人間は理性を用いて善悪を判断しているように思えるが、実は多くの場合そうなってはいないのだという。

 ハイトはこのように書く。理性は直感の召使いである。何が正しくて何が間違っているのかという判断は、感情的な反応として現れた後に、言語を介して論理的に正当化されるようになっている。したがって、誰かの考えを変えたいのなら、論理的議論によってねじ伏せるのではなく、その人の“直感”や“感情”に語りかけなければならない。ハイトはこれを、《まず直感、それから戦略的な思考》というフレーズで、道徳心理学の「第一原理」として提唱する。

 さて、ここからが本題だ。道徳心理学の「第二原理」は《道徳は危害と公正だけではない》。ここにリベラルが不利である最大の要因があるようだ。ハイトによれば、元来、人類は集団化を志向するようにプログラミングされており、進化論の一説でいうところの集団適応の観点から考えることで、人間の道徳の基盤を以下の6つのペアに分類できるという。

〈ケア/危害〉……苦痛を感じている者を保護し、残虐行為を非難すべし。
〈公正/欺瞞〉……ふさわしい人々と協力し、抜け駆けする輩を警戒せよ。
〈自由/抑圧〉……信頼できないリーダーによる不当な制限を退けよ。

〈忠誠/背信〉……チームプレーヤーには報酬を、裏切り者には制裁を。
〈権威/転覆〉……安定のために有益な階層関係を形成し維持せよ。
〈神聖/堕落〉……聖なるものを尊び、汚らわしいものを卑しめ。

 勘のいいリベラル諸氏は、この一覧を見て即座にこう考えるだろう。「なるほど、われわれは上の3つ(ケア、公正、自由)を、保守は下の3つ(忠誠、権威、神聖)を重用視しているのだな」と。

 それは半分間違っている。ハイト教授らがウェブサイトで募った13万人以上のデータを分析したところ、驚くべき結論が導かれたのだ。たしかにリベラルの道徳基盤は〈ケア〉〈公正〉〈自由〉の3つに依存するが、一方の保守主義者は6つすべての基盤を用いていることが分かったというのである。

 これは驚くべきことだ。なぜならば、保守主義の政治家は有権者に訴える際、リベラルの政治家よりも多くの手段を有していることになるからである。ハイトは、アメリカでこれまで共和党のほうが支持をうまくとりつけてきた理由をここに見いだす。民主党はもっぱら〈ケア〉〈公正〉〈自由〉の3基盤のみを使ってアピールしてきたが、共和党は6つのチャンネルを総動員してきたというのがハイトの分析だ。

 と、言ってもリベラルにはにわかに信じられないだろう。〈忠誠〉〈権威〉〈神聖〉のチャンネルはともかく、なぜ〈ケア〉〈公正〉〈自由〉のチャンネルが保守主義者を動かせるのか、と。

 そこには、この3基盤が働く範囲が、リベラルと保守とで違っているという事実がある。たとえば、保守主義者の〈ケア〉は、普遍主義を目指すリベラルのそれよりも、より限定的な範囲で用いられている。〈ケア〉の基盤はもともと、種の繁栄のために子孫を危険から守らねばならないという直感によって搭載されたものだ。したがって、保守政治家は“自国の”負傷兵をねぎらい、個々の“家族”(とりわけ子どもたち)を、“他国の”軍事力の危険にさらすわけにはいかないと力説することで大衆の支持を得る。これは“ゆるやかなリベラル”が左派政党に失望したときに、ただちに有力保守政党の支持へと舵をとるという現象についても説明してくれる。

 また、〈公正〉基盤と〈自由〉基盤は、ともに保守の“比例配分”の考え方とリンクしている。リベラルは〈公正〉を、利益や権利の“均等配分”と考える。また〈自由〉は暴君による圧政などへの“反抗”と位置づけている。だが、(リバタリアンを含む)保守主義者の捉え方はこれとことなる。

 たとえば、生活保護バッシングや、貧困問題に対する「自己責任論」を考えてみると話は早い。リベラルはこれらを批判するが、一方の保守主義者やリバタリアンは「努力に見合った分だけ、その取り分をもらうべき」という“比例配分”の考えを支持する。彼らを支配するのは「自分たちが受け取るべきベネフィットを“落伍者”に譲るのは“不当”だ」という感情だ。これが「右」の〈公正〉基盤であり、保守政治家(ここでは共和党)は自由主義の経済政策を押し進めることでこれに応えている。

 この種の因果応報的な考えは、リベラルが最も重視する〈ケア〉基盤との矛盾を引き起こす。その場合、リベラルは一時的に〈公正〉基盤よりも〈ケア〉基盤を優先する。一方、保守はリベラルほど〈ケア〉に重点を置かないから、もっぱら〈公正〉基盤に根ざして自己責任論をふりかざす。端的にいえば、リベラルと保守の“平等”に対する感覚は異なっているというわけだ。そして、今の日本では、この保守の“平等観”のほうが圧倒的に力を持っているといえる。

 他にも〈ケア〉基盤に重点を置きすぎるあまり、リベラルが劣勢に立たされている場面はいくつもある。その典型例が冒頭でも触れた朝日報道問題だ。最近の週刊誌・論壇誌の表紙などに見られる「朝日叩き」のキャッチコピーを見れば、本書でなされている議論の写し画が浮かび上がってくる。いくつか例示してみよう。

「朝日新聞 「売国のDNA」」(文藝春秋「週刊文春」9月4日号)
「廃刊せよ! 消えぬ反日報道の大罪」(日本工業新聞社「正論」10月号)

 これら「売国」「反日」の文句は、とりわけ保守が重んじる〈忠誠/背信〉の琴線に触れる。また、次のように〈神聖/堕落〉を連想させるものもある。

「堕してなお反日、朝日新聞」(日本工業新聞社「正論」11月号)
「腹の中では悪いと思っていない 「朝日新聞」偽りの十字架」(新潮社「週刊新潮」10月2日号)

 他にも「週刊新潮」はこんな“秀逸な”コピーを打ち出していた。

「1億国民が報道被害者になった「従軍慰安婦」大誤報!」(新潮社「週刊新潮」9月4日号)

「被害者」という言葉は、リベラルが最重要視し、保守主義者も認める〈ケア/危害〉基盤にも訴えかけている。さらに右派論壇誌はもっとストレートな言い回しを投擲している。

「朝日新聞よ 謝ってすむ話か!」(小学館「SAPIO」11月号)
「総力大特集 朝日を読むとバカになる」(ワック「WiLL」9月号)

 もはや理性もへったくれもない。いたって下品だ。しかし、こうした感情的な言葉こそが大衆に突き刺さる。ハイトの「第一原理」を思い出そう。《まず直感、それから戦略的な思考》。直感、すなわち“感情”を揺さぶらなければ大衆は思考を始めないのだ。その点、彼らの手腕はお見事としかいいようがない。

 一方、リベラルや左翼的と見られる陣営のキャッチコピーはどうか? 朝日報道問題では「左」はディフェンスにまわっており、せいぜい「『慰安婦』問題の本質を見よ」くらいの言い方に徹している。これはほぼ〈ケア〉基盤のみを標的にしていることは明らかなので、対称的に安倍政権を攻撃するコピーをとりあげてみたい。たとえばリベラル論壇なるものは、いったいどんな言葉を使って大衆に訴えかけようとしているのか。まずは総本山である岩波書店の「世界」から見てみることにしよう。

「集団的自衛権を問う」(14年5月号)
「空洞化する民主主義──小選挙区制20年の帰結と安倍政権」(14年2月号)
「情報は誰のものか──秘密と監視の国家はいらない」(14年1月号)
「「96条からの改憲」に抗する」(13年6月号)

 堅い。堅すぎる。なんだ?この優等生っぷりは……完全にインテリ層にターゲットを絞りきっているではないか。これでは大衆がなびくはずがなかろうよ。さて、もはや「世界」の大衆への影響力はなきに等しいと仮定したところで、左巻き週刊誌の代表格「週刊金曜日」(金曜日)ならばどうだろう。

「集団的自衛権の詭弁」(14年6月13日号)
「世紀の大悪法 特定秘密保護法案」(13年11月15日号)
「日本を売る秘密交渉TPP」(13年10月18日号)
「アベノミクスの化けの皮」(13年7月5日号)

 び、びみょう……。「世界」よりかはマシと言えるが、まだまだパンチが効いていない。意外なことに「日本を売る」というキャッチを用いて、保守が重きを置く〈忠誠〉基盤への勧誘にも色気を出しているが、なんともノリが悪いように感じる。それは筆者が〈忠誠〉に魅力を感じない「リベラル」だからなのか? うーむ、とにかくイマイチ。

 もっとも、筆者は両誌の内容にまでケチをつけたいわけではない。ただ「左」のキャッチコピーが今ひとつだと指摘したいだけだ。とかく、各誌表紙の文言を見てみれば、リベラル側の“作法”がおとなしすぎることがお分かりいただけただろうと思う。「右」からは「売国奴」や「国賊」呼ばわりだぞ? もっとなんか、こう、ガツンと言い返してやったらどうなんだい!?

 と、こんなことを言うと「左」の一部から「しかし感情論に実りはない」とか「こういうときこそ冷静に問題を分析したい」という意見が返ってくることが目に見えている。まあ、その種のオッサンたちからしてみれば、いろいろとトラウマがあるのだろうからしかたがないのかもしれない。

 だが、6つすべての基盤に訴えかけることが原則的に不可能なリベラルによる“インテリ知識人戦略”の限界は、部数が低迷している彼らこそが最も痛感しているはずだ。そして、リベラル論壇的な言論空間が事実上空洞化していることなど誰もが知っている今、この国にもいるはずのリベラルな大衆は、「右」の感情的な言動に押し黙っている。あえて言うが、ネトウヨがこれほどはびこっているのは、われわれリベラルを自称する者たちのせいでもあるのだ。

 君に言われなくても分かってるって? ならこう言い直そう。少なくともリベラル側は、やれ「最近の若者は右傾して困るね」とか、やれ「ネトウヨを相手にするほど暇じゃないんだよ」などと愚痴る前に、やるべきことが残っているはずだ。

 今後、ネットを含めた“論壇”は、ますます感情のやりとりが試される場になる。そして、リベラル陣営が“おとなしいインテリ”のままであるならば、保守主義者や「愛国者」の勢いを止めることはできないだろう。

 われわれリベラルも知性をいったん脇に置いて、“感情”という武器を再び手にとるべき時がきたのかもしれない。
(梶田陽介)

最終更新:2015.01.19 04:33

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