“新解”さん『新明解国語辞典』に隠された秘密のメッセージが泣ける

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『新明解国語辞典 第七版』(三省堂)

 作家で美術家の赤瀬川原平が26日死去した。「老人力」「トマソン」など様々なブームを巻き起こした赤瀬川だが、なかでも『新解さんの謎』(1996年刊、現在はちくま文庫)の印象が強いという人も多いのではないだろうか。『新明解国語辞典』(以下、新明解)の個性的すぎる語釈にスポットを当てた同書により、『新明解』の人気は社会現象にまでなり、以来現在に至るまでベストセラー辞書となっている。

 実はこの『新明解』に、『新解さんの謎』以上のさらなる秘密のストーリーが隠されていることをご存知だろうか。

 2月に発売され、今年ナンバー1のノンフィクションとの呼び声も高い『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』(佐々木健一/文藝春秋)。書名にある“ケンボー先生”とは、『三省堂国語辞典』(以下、三国)を編纂したことで知られる見坊豪紀氏。そして“山田先生”というのが、赤瀬川『新解さんの謎』によりブームとなった『新明解』の編纂者である山田忠雄氏のこと。空前絶後の用例採取を行い、燦然たる業績を残した見坊氏と、赤瀬川いわく「魚が好きで苦労人、女に厳しく、金はない」という人格を持つ前代未聞の辞書をつくり上げた山田氏。じつはこの2人には、知られざる出会いと決別の物語があったのだ。

 そもそも、2人の個性は、その手がけた辞書を読むだけで大きく違うことがよくわかる。たとえば、〈恋愛〉という言葉にしても、語釈はこんなにも違う。

「男女の間の、恋いしたう愛情(に、恋いしたう愛情がはたらくこと)。恋。」(『三国』三版)

「特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。」(『新明解』三版)

「出来るなら合体したい」という欲望までフォローするあたりが“新解さん”ブームを巻き起こしたゆえんでもあるが、“新解さんの中の人”である山田氏が辞書の編纂に関わったのは、見坊氏の誘いがあったから。時は昭和14年、大学院生であった24歳の見坊氏が三省堂発行の『明解国語辞典』(以下、明国)を編纂することになった際、東大国文科の同期だった山田氏に声をかけたのだ。しかし、山田氏の仕事の内容は“助手”。「あらゆる面で見坊一人の超人的な能力と判断によって押し進められた辞書」だったという。

 だが、戦後の『明国』の改訂作業では、山田氏も「日陰者に甘んじず、自ら積極的に語釈の改良を提案」し、見坊氏にとっても山田氏は“大切な「共同編纂者」”となっていた。そうして出来上がった『明国』改訂版(昭和27年発行)は売れに売れ、さらなる改訂のために新たな仲間も加え、4人の編者は新宿で定期的に編集会議を開催。「理想の国語辞書を目指してことばについて意見を闘わせる日々」は、戦争中に20代を過ごした2人にとって“遅れてきた青春”でもあった。ちなみに、熱い議論を交わしたあとは、会議場所の喫茶店の店長の計らいで非合法のポルノ映画や裏ビデオである「ブルーフィルム」鑑賞会を行っていたという。辞書づくりとブルーフィルム……意外すぎる組み合わせだが、しかし山田氏だけは「頑なに見なかった」そうだ。

「感激家で直情径行、一本気で堅物」と評される山田氏に対し、「実に穏やかな性格」と言われる見坊氏。そんな見坊氏が、山田氏と決別したのは、昭和47年1月9日。それは、ことばの用例採集に没入する中、『三国』の改訂も抱える見坊氏に代わって、山田氏が主幹となり手がけた『明国』第三版である『新明解』が完成した打ち上げの席だった。見坊氏が出来上がった『新明解』の序文に初めて目を通すと、そこには「見坊に事故有り、山田が主幹を代行」「言わば、内閣の更迭に伴う諸般の一新」と書かれていたのだ。

 実際は、見坊は事故になどは遭っておらず、しかも「見坊が編修主幹を降ろされた」とも読める。打ち上げでは何も言わなかったという見坊氏だが、自宅では怒り狂っていたと家族が証言しているように、相当、激怒していたのだろう。というのも、見坊氏は“一時的に山田氏に改訂作業を任せた”つもりが、期間を過ぎても山田氏が編集権を返さなかった。つまり「横取りされた」という認識だったのだ。

 しかし、なぜ山田氏は、そこまでして辞書をつくりたかったのか。その理由は、盗用や模倣が繰り返される「旧態依然とした辞書界」へ憤りだ。さらに、単なることばの“言い換え”や“堂々めぐり”が「ごく普通だった」辞書づくりを変えたいという思いもあった。

 “堂々めぐり”から抜け出すにはどうすればいいか──そこで編み出されたのが、“文による語釈”だった。『新明解』の独創的かつ主観ともいえる語釈は、こうした背景から生まれたのだ。例として、とくに物議を呼んだ語釈を紹介しよう。

「どうぶつえん【動物園】生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。」(『新明解』四版)

「マンション スラムの感じが比較的少ないように作った高級アパート。[賃貸しのものと分譲する方式のものとが有る]」(『新明解』初版)

 そして、この“オリジナルすぎる語釈”の中には、見坊氏との関係がにじむような文章もある。たとえば、『新明解』初版の〈実に〉の項目はこうだ。

「助手の職にあること実に十七年[=驚くべきことには十七年の長きにわたった。がまんさせる方もさせる方だが、がまんする方もする方だ、という感慨が含まれている]」

 助手に甘んじてきたことの“恨み節”。まるで、自身の経験を反映させたような文章にも見えるが、しかしこれが四版になると、『坊っちゃん』を引用した、このような用例に変化する。

「この良友を失うのは実に自分に取って大いなる不幸であるとまで云った」

 さらに、同じく四版の<時点>の語釈は、こうある。

「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」

 具体的すぎる「1月9日」という日付。そう、山田氏が見坊氏との関係に亀裂が入った、あの打ち上げの日だ。73歳となっていた山田氏に、どんな気持ちの変化があったのか……。しかも、一方の見坊氏も、平成4(1992)年、77歳で改訂した『三国』四版に、新たにこんなことばを加えている。
 
「ブルーフィルム 性行為を写したわいせつな映画」

 豊富な用例採集に裏付けされた「“今”を写し取る『現代語辞典』」をつくりつづけた見坊氏が、なぜ平成の時代に、すでに廃れたブルーフィルムなどということばを取り上げたのか。その事実を突き止めた著者は、最晩年を迎えた見坊氏が「きっと、四人の編者が顔をつき合わせ、ことばについて熱く議論していたあの頃を思い出していたのだろう」と綴っている。そして、『新明解』には、頑なに鑑賞会に参加しなかった山田氏の手によって、初版から「ブルーフィルム」ということばが掲載されていたことも、見坊氏は知っていたのだろう、と。

 無味乾燥だと思いがちな辞書のなかに、隠された友情。この物語の行く末は、ぜひ本書で確かめてほしい。アプローチの仕方は違えども、社会からことばを拾い、解釈し、表現し伝える2人の仕事から、間違いなく辞書への印象はがらりと変わるはずだ。
(田岡 尼)

最終更新:2015.01.19 04:50

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