今年も無理?空振り続く村上春樹ノーベル賞騒動に書店員が切実な思い

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10月9日20時(日本時間)に発表されるノーベル文学賞(ノーベル賞公式サイトより)


 村上春樹がノーベル賞文学賞の候補だといわれるようになってから、何年がたつだろう。毎回、「今年こそ選ばれるのでは」と盛り上がり、結局、空振りに終わるという繰り返し。最近はもう無理なんじゃ……という諦めムードも漂い始めたが、他に候補者もおらず、マスコミも出版社もこの前夜祭をやめるわけにはいかない。おそらく今年も何日も前から、出版社は増刷の準備に取りかかり、新聞やテレビは取材準備に走り回っているはずだ。

 そんな“春樹ノーベル賞前夜祭”だが、最近、書店員の目でこの騒ぎを綴ったおもしろい文章を見つけた。『書店不屈宣言』(筑摩書房)。40年以上にわたって書店で働き、現在はジュンク堂池袋店で副店長をつとめるベテラン書店員・田口久美子さんが同僚の書店員にインタビューしながら、書店や紙の本への愛情を綴った一冊だ。

 同書によると、書店員もノーベル賞とは無関係でいられないらしい。春樹が候補になるたびに、「村上春樹・祝ノーベル賞」コーナーを準備する。看板を作り、村上本の事前注文をする。文庫、単行本をあわせると、結構な点数になるという。同書には、村上春樹が候補になった最初の年、田口さんと文芸書担当の同僚との間でこんな会話があったことが紹介されている。

「事前に注文しましょう。ノーベル賞が取れなくても、村上さんだから、ストックで持っても、いつか売れるから」
「でももう売り尽したんじゃないでしょうか。何百万売れたか分からないほどのベストセラー作家ですよ。いくらノーベル賞でもこれ以上売れますか?」
「それが、売れるんですよ。大江(健三郎)さんの時も、すごかった、あれよあれよという間に在庫切れでしたよ。ノーベル賞は特別なの、今まで読まなかった人が読んでくれるの、読んだ人より読んでない人のほうが圧倒的に多いんだから、日本の人口を考えてみてよ。それに読んだ人も読みもらしの本を買ってくれる」

 そう。作家がノーベル賞を受賞したら、本が売れるのだ。書店員はそのチャンスを逃さないよう万全の準備をしなけばならない。「今年こそ村上さん」と噂が走るたびに新潮社や講談社、文藝春秋など大手出版社の文芸書版元に注文が殺到するらしい。

 もうひとつ、ノーベル賞騒動で書店員が巻き込まれるのがマスコミ対応だ。発表日が迫ると、テレビ局や新聞社から撮影依頼の電話がじゃんじゃんかかってくるのだという。

「コーナーつくりますか? どのくらいの規模で? 看板はつけますか? 受賞が決まったら、どんなふうに本を置きますか」

「受賞の情報はどうやって知ります?」と聞かれて「インターネット」と答えると、すかさず「調べているところを映せますか」という言葉が返ってくる。

 中には、発表前に予告編のようなものを1本つくっておきたいと申し出てくるテレビ局もあるらしい。同書には、書店員のこんな悲鳴が紹介されている。

「あの人たち撮り始めるとずかずか入りこんでくるんですよ」
「もう何社も来てカウンターの周りに群がってもう大騒ぎ。インターネットで検索しても、言葉がよく分からなくて誰が取ったか分からなくてさ」
「もう、大変、うまくニュースを捕まえられなくて、何度もやり直しをさせられて。何で私たちがテレビ局のいいなりにならなくちゃいけないんでしょうね」

 田口さんは、マスコミの取材が書店に殺到する理由を、村上が毎年「この日」に日本にいないからではないか、と推測する。「騒動がいやでご本人は海外で待機、それでとマスコミは『画』を撮りに書店に」となっているのでは、と。

 だが、こういう大変な目にあっても、書店員としてはやはり、村上にノーベル賞をとってもらいたいという。売り上げが低下する一方の書店業界で、村上の受賞は数少ない希望なのだ。

 本書では2012年のノーベル賞発表のときのエピソードが綴られているが、この年は村上春樹が大本命だとされていた。実は、ノーベル賞には、“ヨーロッパがとる年”“ラテンアメリカがとる年”“アジアがとる年”というふうに、年ごとに受賞者の地域が決まっていて、2012年は“アジアがとる年”だと書店員の間に噂されていたそうなのだ。

 ところが、受賞したのは、同じアジアでも、中国の莫言だった。同書からは、田口さんはじめ書店員たちの失望が痛いほど伝わってくる。

「莫言氏が受章した、ということは『今年がアジアの番』という説はあたっている。ということで、そうなると村上さんの受賞は何年後になるのでしょうか。」 

 2014年は“アジアの番”からまだ2年。とすると、今年も村上春樹の受賞はないのだろうか。正直、これまでは村上がノーベル賞をとろうがとるまいが、なんの関心もなかったが、この本を読んで、書店のために早くノーベル賞をとってもらいたいと思うようになった。

 同書の中で、田口さんは、ノーベル文学賞の選考委員会にこう語りかけている。

「ノーベル賞文学賞選考委員会様、もう七回も候補になっているって本当ですか。早く村上さんを選んでくださいね、もし一〇年以上経ってしまったら、世の中は電子書籍の時代になっていて、書店は、絶滅しているとは思いたくないけれど、ちょっとさびしい場所になっているかもしれません、考えたくないけれど。そうなると、テレビはアマゾンに押し掛けて、『電子書籍村上春樹本』の買い注文がドンドン伸びていく画面(そんなのあるのかな?)などというのを撮るのでしょうか。
 本当に急いでくださいね。」

 たしかに、時間はあまり残されていないかもしれない。
(橋場コウ)

最終更新:2015.01.19 05:09

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