東大医師のベストセラー『おかげさまで生きる』がオカルトすぎる

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『おかげさまで生きる』(幻冬舎)

『おかげさまで生きる』(矢作直樹/幻冬舎)が売れている。東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授、医学部附属病院救急部・集中治療部部長として救急医療の第一線で命と向き合った著者がたどりついた、「人はなぜ生きるのか」の答えが書かれているという本だが、部数は発売から2カ月ですでに20万部を突破したという。

 いったいどんな答え、哲学が書かれているのか、気になって読んでみた。するといきなり、こんな教えが。

「自分の人生を全う(まっとう)することです。人生を全うするということは、すなわち自分を知るということ」
「自分を知るということは、他人を知るということにもつながります。(中略)その時、人は『おかげさま』という言葉を学びます。目には見えないけれども、おかげさまという力が自分の周囲に満ちているのだと気づくのです。」

 う〜ん。ちょっとがっかり。これは哲学というより「おかげさま」精神で周囲の人々に感謝して生きていこうという自己啓発本なのかも……と思っていると、読み進めるにつれ、さらに様子がおかしくなってきた。

「私は、肉体とは別に魂があると表現しますが、魂レベルでは私たちは皆つながった存在だと思っています。それが『おかげさま』のベーシックな部分であり、もちろん亡くなった方もそこに参加しています」
「肉体の死は誰にも等しくやって来ますが、死後の世界はいつも私たちの身近にある別世界であり、再会したい人とも会えます」
「私たちの魂は永続します。その意味で、亡くなった方が自分のすぐそばで見守ってくれているのも事実であると公言しています」

 な、なんと、「おかげさま」とは大いなる存在で、それは魂の集合体のようなものである。そして、私たちに「おかげさま」から与えられた使命は「肉体を伴う人生で得る様々な経験を学びに変えること」だと矢作センセイはいうのである。あれ? ひょっとして、これ、オカルト本なんじゃないの!?   

 いや、しかし、著者は東大医学部の教授だ。しかも、救急医療の第一線で命と向き合ってきた人物である。もっと深い考えがあるのかもしれないと思ってさらに読み進めてみた。すると──。

「そもそも私たちの本質は肉体ではなく魂ですから、病気も加齢も本当は何も怖がる必要はないのです」
「私自身は両親も弟もすでに他界しました。喪失感はありますし、もっと話をしておけば良かったという気持ちもあります。でも今は、私がいずれあちらの世界へと戻った際に、皆で反省会でもしたいという思いが強まっています」
「私たちが疲れ果て、へとへとになり、悩んでいるそんな時でも、観客席からは『負けるな』という声援が飛んでいます。そして何らかの難しい局面を無事に乗り切った時は『よくやった』とご先祖さまたちは拍手喝采です」

 どこまでいってもオカルト本、というかほとんど新興宗教の布教本みたいな解説が延々続くのである。それも、ご先祖様の霊が見守ってくれているみたいな、そのへんの自称霊能師のおばさんが立ち上げた宗教団体のような、すごく浅い感じの教えである。

 しつこいようだが、矢作センセイは東大医学部の教授で附属病院救急部・集中治療部部長だった人物だ。それがなぜこんなことになっているのか。

 矢作センセイによると、センセイには「あの世は私たちのいる世界のすぐそばにある」という確信を得た体験があり、それは2011年に出版した『人は死なない』(バジリコ)に詳しく書いてあるという。そこで、今度は『人は死なない』を読んでみることにした。すると、そこにはトンデモないエピソードが……。

 矢作センセイの友人に、Eさんという会社経営をしている六〇歳代の女性がいるのだが、彼女は「霊能力をもった女性」で、センセイが「本書を執筆していることを話すと、自分のそれまでの体験や能力について話してくれ」たのだという。そして、そのEさんからある日、一本の電話がかかってきた。

「『実はあなたのお母様のことなんです』
 『はっ?』
 『矢作さんと先日お会いした後からお母様が矢作さんのことを心配されて、息子と話したい、と私にしきりに訴えてこられるのです』
 (中略)
 『どうして母は私のことを心配しているのですか』と私が訊くと、Eさんは、
 『矢作さんがお母様に、申し訳ない、という非常に強い思いを送っていらっしゃったからのようですよ』と言います。(中略)私は黙ってしまいました。確かに私は、生前の母に対して親孝行らしきこともせず、また晩年の母にも十分な対応をしてやれなかったことがひどく心残りで、毎晩寝る前にそうした悔悟の念を込めて手を合わせていました」

 そして、矢作センセイは実際にEさんに交霊をしてもらう。

「Eさんは生前の母に会ったことがないにも関わらず、交霊中のEさんの体を借りた母の立ち居振る舞いは私の知る母そのもので、おかしくて吹き出しそうになるほど性格も口調も仕草もそのままでした。いずれにせよ、Eさんを通した母との対話は時間にすると短いものでしたが、私にとって圧倒的な存在感をもった体験となりました」

 どうやら、センセイは、“霊媒師”に母親との“交霊”をしてもらったことで、コロッと霊の存在を信じてしまったようなのだ。前後を読むと、矢作センセイはこのスピリチュアル系の本を書いていることもこの霊能師にしゃべっており、その際に「コールドリーディング」されたとしか思えないのだが、東大教授ともあろう人がこれだけで、完全に霊の存在を「確信」してしまったのである。

 実は矢作センセイの母親は一人暮らしで、入浴中に心臓発作で倒れ、その遺体は死後3日後まで発見されなかったという。以来、ずっと自責の念に駆られていた矢作センセイにとって“母親の霊からの語りかけ”は救いであり、自分が信じたかったというだけだろう。

 また、センセイは『人は死なない』では人間の智恵を超えた大いなる力を「摂理」を呼んでいるが、“科学を超えた摂理”の存在を感じ取るようになった要因のひとつとして、臨床医としての経験もあげている。

「大学で医学を学び、臨床医として医療に従事するようになると、間近に接する人の生と死を通して生命の神秘に触れ、それまでの医学の常識では説明がつかないことを経験するようになり、様々なことを考えさせられました。そうした経験のせいもあって、私は極限の体験をした人たちの報告、臨死に関するレポート、科学者たちが残した近代スピリチュアリズム関係の文献を読むようになりました。それらの事柄の総合によって、つまり、幼少時の直観が、臨床経験と文献の知識によって裏打ちされて、科学で説明できない大きく深いものへの感性ができたように思います」

 臨床医のオカルトへの傾倒といえば、ある本を思い出させる。それはオウム真理教の地下鉄サリン事件の実行犯・林郁夫の手記『オウムと私』(文藝春秋)だ。

「私は臨床医の道を歩みはじめ、患者さんの死にも少なからず接して、もうこのころから、医学それ自体のある種の限界のようなものを感じはじめていました。(略)本来人間を丸のまま見ていく領域であるはずなのに、『生』を細分化することによって、あたかも肉体だけからなる人間が『死』にいたるのを押し止めるようにしているかのように思えました。『生』から『死』へと境界を越えようとしている人たちには、なにもしてあげることはできませんでした。医療の対象である『患者さん』も『生』と『死』が連続している人間なのですが、医師である私自身もまた、『死』については、なにもわかっていませんでした」

 有能な心臓外科医がオウム真理教に入信し、治療省大臣という幹部に登りつめ、地下鉄サリン事件の実行犯となった半生を悔恨した一冊だが、林郁夫も「癌の患者さんなどに接する機会が増え、『死』について考えざるをえなかったことで」「現代の科学が避けていたり、あるいはただ考えていても解けないような問題を解決してくれる法則があるはずだ、それを追求したい」と意識し、父親の死をきっかけに「父はどこに転生しているのだろうと思い、死別することの苦しみをあらためて感じ、いまだ魂の転生を把握できない自分の修行のいたらなさが悔しく」やがて、オウム真理教に入信・出家することになるのだ。

 人の『生』と『死』に関する法則を見いだそうと宗教に入信した林郁夫と、科学では説明できない“摂理”を見いだしたという矢作センセイのオカルトへの傾倒の動機は、非常に似通っているような印象を受ける。

 だが、矢作センセイは著書『神(サムシング・グレート)と見えない世界』(共著者・村上和雄/祥伝社新書)でそのオウム真理教の理系エリートたちをこう批判している。

「彼らは科学の本質をまったく理解していませんでした」
「科学という作法でしか物事をとらえられない、ある意味、馬車馬みたいな価値観の人だと、いったんこれをぱかっと外されると、それに対する免疫がないから一気に『すごい、信じられない』と洗脳されてしまうわけです。理系エリートをたらし込むには、一番良い手段かもしれません」

 そして、自分とオウムの違いをこう書いている。

「ただ、理系と言っても、超一流の人間はそういうところで迷いません。(中略)不思議な事象を前にすると、その人物が科学の本質をどのくらい理解しているかがよくわかります」

 だが、はたしてそうだろうか。たしかに、今の状況は片や地下鉄サリン事件を引き起こした犯罪者、片や東大教授でありながらベストセラー著者と、天と地ほどの差がある。だが、医師として生と死に直面した結果、その不条理にたえられず、あまりに単純な図式のオカルティズムに逃げ込み、すっぽりはまり込んでしまったという点ではまったく同じなのではないか。

 実際、矢作センセイの他の著作を読んでみたところ、もっとトンデモなオカルト発言が次々と明らかになってきたのである。(後編に続く)

(小石川シンイチ)

最終更新:2015.01.19 05:35

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