国際問題・戦争に関する話題……本と雑誌のニュースサイト/リテラ
ヒトラーがブーム! でも「我が闘争」が読めるのは日本だけ!?
『わが闘争』上巻(角川書店)
ついにナチス復活か……。5月25日、ヨーロッパ各国で実施されたEUの欧州議会選挙で、なんと、ドイツとギリシャから極右ネオナチ政党に所属する議員が史上初めて当選を果たした。ドイツでは、ネオナチ政党「ドイツ国家民主党(NPD)」が約30万票を獲得。ギリシャもネオナチ政党「黄金の夜明け」が9パーセントを超える票を獲得、ドイツから1名、ギリシャから3名のネオナチ議員が欧州議会へ乗り込むことが決まったのだ。
こうした「ナチス」あるいは「ヒトラー」に対する風向きの変化、擁護や再評価する動きは世界的な傾向のようで、日本でも今年3月、東京都内の図書館所蔵の『アンネの日記』が破られる騒動が、4月には東京・池袋で「ヒトラー生誕」を祝う一部の右翼がハーケンクロイツや旭日旗を掲げた集会を行なったことがニュースとなった。
そんなヒトラー再評価をさらに加速させそうなのが、『我が闘争』再出版問題だろう。来年末、2015年12月31日をもって版権(著作権)が消滅、誰でも『我が闘争』の出版が可能となるというのだ。
『我が闘争』の版権は、ヒトラーが住所登録していたバイエルン州の州政府が保有してきた。州政府は、その著作権を盾にドイツ国内での出版を禁じてきただけでなく、世界各国に対しても出版しないよう強く求めてきた。
その版権が切れれば、当然、自由に第三者による出版が可能となる。そのためドイツ国内では2013年ごろから「自由に出版するべき」「新たな法律を作ってでも禁止すべき」と、世論を二分する大論争となっていたらしい。
実は、今のドイツ人、戦後生まれの60代以下の世代の多くは『我が闘争』を読んだ経験がほとんどないという。
今更、説明するまでもないが、『我が闘争』はナチス及びヒトラーを知る上で、第一級の史料である。なぜ、ヒトラーが反ユダヤ思想に至り、アーリア人至上主義を唱えるようになったのか、ヒトラー自身が語っているのだ。ナチスの犯罪やヒトラーの政策を批判するためにも、真っ先に読むべき資料といっていい。しかも『我が闘争』とナチスドイツの暴走は決して無関係ではない。1925年の出版後、ナチスの勢力拡大とともに売り上げを伸ばし、ヒトラー政権下のドイツでは、結婚式の引出物として贈呈が義務づけられていたこともあって、第二次世界大戦終結時には、ドイツ国内で1000万部以上が出版されたほど。『我が闘争』でヒトラーが繰り返し主張したプロパガンダが、当時のドイツ国民をナチスの行なう蛮行へと駆り立て、それを正当化してきた側面もあるのだ。
だが、その一方で、こうした表現規制がむしろファシズムを助長しているという指摘もある。今のドイツ人がヒトラーやナチスを批判するとき、ナチスの何が問題だったのか、一切の検証もせず、条件反射的な紋切り型の批判を繰り返してきた結果、陰謀論とレイシズムが地下で流通し、今回のネオナチ党30万票という得票に繋がったというのだ。
それだけにドイツ国内でも『我が闘争』を出版すべきという声は根強く、15年末、著作権の切れるタイミングをもって再出版する動きが出ていた。それに対してドイツ国内のネオナチ勢力が「バイブル」にしていると再出版を断固、反対する勢力も少なくなかった。
結局、この再出版問題、一端は全面禁止になりながらも、今年に入って一転、バイエルン州政府は「学術的な注釈を付ける」ことを条件に発行を認める結論を出した。つまり、『我が闘争』が世界的に解禁されることになったのである。
その結果、来年にかけて世界的な「出版ラッシュ」が予想されている。
先にも述べたが著作権をもつバイエルン州政府は、各国に対しても『我が闘争』の出版を禁じており、実際、00年、チェコで許諾なく出版されたときには、州政府の厳重な抗議で出版差し止めにしたほど。唯一、公的に認められてきたのが、戦前、ヒトラーと正式契約を結んで出版された英語版翻訳本(旧版)のみ。その販売もサイモン・ウィーゼンタール・センターなどユダヤロビーによる圧力で、手軽に入手できるものではなかった。それだけに州政府の解禁で、16年以降、各国語に再翻訳された『我が闘争』が世界中の書店や電子書籍で一斉に発売されることはほぼ間違いないところだろう。
いったい、『我が闘争』が世界中でバカ売れすれば、世界はどうなってしまうのか? しかし、少なくとも「日本」においてはそう大きな影響はないかもしれない。
というのも、日本はこれまでもずっと『我が闘争』を自由に出版してきた数少ない国のひとつだからだ。戦前は同盟国だった関係から、初版発行から遅れること7年、1932年には抄訳版『余の闘争』(内外社/坂井隆治訳)が出版され、その後も次々と注釈を加えた新版を発行してきた。戦後も、73年に角川書店が文庫版で新たな翻訳本を刊行。さらに2008年にはイースト・プレスから漫画版『わが闘争 (まんがで読破)』が出版された。この漫画版は発売から半年で4万5000部の売り上げを記録、「我が闘争出版大国」ぶりを世界に見せつけたこともある。
もちろん、バイエルン州政府が日本での出版を許可したわけではない。日本では、著作権に関する国際的な取り決め「ベルヌ条約」でとっくに破棄された「刊行後10年間翻訳されていなければ自由に翻訳できる」という規程が今なお経過措置として認められており(ただし、1970年以前に発行された著作についてのみ)、各社ともそれを利用してきたのだ。
主要国では、日本だけが『我が闘争』を自由に出版してきたという事実。思わず「今、アドルフ・ヒトラー先生の作品が読めるのは日本だけ!」と、「週刊少年ジャンプ」の宣伝文句みたいな台詞をいいたくなるが、いずれにしても、その『我が闘争』も版権切れまでもう1年半。世界的に右派、レイシズムが台頭する政治状況に大きな影響を与える可能性がある。その動きを注意深く見守りたいものだ。
(西本公広)
最終更新:2014.07.20 08:04
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