「売れてる本」の取扱説明書①『日本の大和言葉を美しく話す』(高橋こうじ)

「乱れた日本語を取り戻す!」に潜む排他性 「大和言葉」本ブームを考える

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 本書を通読してみると、確かに大和言葉は知的で優雅だ。「まったくその通り」と言うよりも「いみじくも言い当てる」のほうが、「もう少し時間がかかります」よりも「しばしお待ちを」のほうが、「とてもおいしいです」よりも「得も言われぬおいしさです」のほうが、日本語の佇まいとして洗練されている。「あれこれすべての面で」という意味を持つ大和言葉「何くれとなく」を母音にすると「AIUEOAU」で、あたかも発声練習かのような響きになる、という指摘などには思わず唸る。

 著者は、日本古来の言葉である大和言葉から「この国の基を築いた古代の人々のことをもっと知り、精神を学びたい」とする。なぜならば、「いわゆるネットいじめや、議会のやじ、ヘイトスピーチなどで使われる粗暴な言葉。見聞きするたびに暗澹たる気分になります。身近なところから、少しずつでも美しい言葉を使う習慣を広げ、ご先祖様に対して誇れる国にしたい」から。この申し出に素直に頷くことはなかなか難しい。

 それらが放つ粗暴な言葉にはこちらも日々暗澹たる気分になっているが、その放言の数々に通底しているのは、多様性の排除。つまり、自分達のアイデンティティ以外を一切認めない態度にある。外からの文化を柔軟に取り込むことを過度に毛嫌いする働きかけに起因していることは明らか。言わずもがな、ヘイトスピーチは「この国の基」という主語を都合良く間借りして、それにそぐわないと決めつけた存在をいたずらに叩き続けている。

 昨年末から刊行が始まった池澤夏樹責任編集『日本文学全集』の第1回配本『古事記』の月報で、内田樹がこのように書いている。この全集の訳者の人選は「古典に対する理解の深さよりも、他者の生身との同期能力の高さ」にあるのではないか、と。他者と同期する態度と、大和言葉を愛でることで「誇れる国にしたい」とする態度は、古式ゆかしいものにアプローチしていく方向性として同質でありながら、スタンスをまったく異にしている。

 こちとら、「箸の持ち方なんて食えりゃどーだってイイじゃん」と、正しくない作法と日本語を繰り返してきてしまった人間だが、どれだけ粗暴な言葉を使おうとも、それを、いたずらにある一定の人たちを排他するためには使ってこなかった自負はある。日本語が乱れているという嘆きは、ずっと続いている。冒頭に挙げたように、日本語を見直す方向のベストセラーが定期的に生まれていることからも分かる。これまでの日本語本は単純に正しい日本語を希求するものばかりだったが、この「大和言葉」本は、しっかりとメンタルを染み込ませる作りになっているのが特徴的だ。この本を「右傾化だ!」と片付けるつもりは毛頭ないが、「日本を取り戻す」中枢の働きかけや、『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』を筆頭に数多く刊行されている日本礼讃本やテレビ番組が増えている世相と、この大和言葉ブームの目指すところがリンクしているのは、実に今っぽい。

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